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ことり「白いアネモネ」
- 1 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:14:09.46 ID:HgFLdlguo
- 子どものころ、よく、三人で本を読みました。
穂乃果ちゃんは、愉快な話が好きでした。
海未ちゃんは、勇敢な話が好きでした。
わたしは、恋の話が好きでした。
おませさんな子だったのです。
―――――――――――
ことり「うみちゃん、このおはなし、よんで!」
海未 「ことりのほうが、よむの、じょうずじゃないですか」
ことり「このおはなしは、カッコいいうみちゃんがよむのがいいの!
ほのかちゃんも、そうおもうよね?
……あ、ほのかちゃん、ねてる。
いつも、このおはなしをするときには、ねちゃうんだね」
海未 「ほのかには、まだ、こいのはなしは、たいくつみたいですね」
ことり「うみちゃんも、たいくつ?
ことり、わがままかな?」
海未 「いいえ。
ハレンチなおはなしはこまりますけど、
このおはなしは、ハレンチなところがないから、すきです」
ことり「じゃあ、よんで!
ことりのおねがーい」
海未 「ことりに、そういわれると、ことわれないですね。
それじゃあ、よみますよ。
『白いアネモネ』」
- 2 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:16:23.95 ID:HgFLdlguo
- お話の中に出てくるのは、白いアネモネと、アポロという蝶々。
白いアネモネは、美しいアポロのことが好きでした。
だから、アポロが自分の蜜を吸いにくるたびに、こう尋ねるのです。
「あたしがあなたを好きなように、あなたはあたしが好きでしょう?」
でも、いつもアポロは、つれない態度。
「いいや、そんなことはないよ」
どんなにつれない態度をとられても、アネモネは、アポロに好かれていると信じていました。
しかし結局、アネモネの恋が叶うことはありませんでした。
そしてある日、アネモネの花は、虫取り網に追いかけられるアポロをかくまって、散りました。
彼女が散ったあと、アネモネの花壇からは、風にのって、こんな声がそよぐようになりました。
「あなたがあたしをもう好きでなくても、あたし、あなたが好きよ」
- 3 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:19:07.62 ID:HgFLdlguo
- 幼い海未ちゃんと私は、穂乃果ちゃんが起きるのを待つあいだ、よく、アネモネごっこをしました。
アポロ役は海未ちゃん。
アネモネ役は、わたし。
ことり「ねえ、アポロさん」
海未 「何かな、アネモネちゃん」
ことり「あたしがあなたを好きなように、あなたはあたしが好きでしょう?」
海未 「いいや、そんなことはないよ」
ことり「……あなたがあたしをもう好きでなくても、あたし、あなたが好きよ」
幼いわたしは、この台詞を言うときに、いつも泣きました。
子どもなりに、アネモネの失恋のことを思って、悲しくなったのでしょう。
すると、優しい海未ちゃんは、いつもあわてて、わたしを慰めてくれました。
海未 「わああ! ことり、泣かないでください!
これはお芝居ですよ!
ほんとは、わたし、ことりのことが、だーいすきですよ!」
それを聞くと、わたしは泣きやむことができました。
アネモネに共感しているといっても、やはりわたしは、まだ子どもだったのです。
ことり「わーい、うみちゃん、ありがとう!
ことりも、うみちゃんのこと、だーいすきだよ!」
海未 「それじゃあ、ほのかをおこして、みんなで、おそとにあそびにいきましょうか」
ことり「うん!」
―――――――――――――
さて、高校生になった今、私たちが何をしているのかというと…… - 4 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:20:13.91 ID:HgFLdlguo
- 【放課後、音ノ木坂学院、部室】
ことり「ねえ海未ちゃん、またあれやって、あれ!」
海未 「いや、勘弁してくださいよ……
恥ずかしいですよ。
誰かに見られたら誤解されちゃうじゃないですか」
ことり「部活の後にラブストーリーを演じることで、疲れが癒える気がするの。
ことりのおねがーい」
海未 「……子どもの頃から、いつもそうです。
ことりにそう言われると、断れないですね」
そう、今でも私たちは、ときどきアネモネごっこをするのです。
- 5 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:21:20.50 ID:HgFLdlguo
- ことり「ねえ、アポロさん」
海未 「何かな、アネモネちゃん」
ことり「あたしがあなたを好きなように、あなたはあたしが好きでしょう?」
海未 「いいや、そんなことはないよ」
ことり「……あなたがあたしをもう好きでなくても、あたし、あなたが好きよ。
うう、さめざめ……」
海未 「ことり、小さいころは素直に泣いていたのに、今ではすっかり泣き真似が上手くなりましたね。
でもそんな芝居には、乗せられませんよ。
ていうか『さめざめ』って声を出して泣く人なんて、いませんからね」
ことり「さめざめ……」
海未 「うう……降参です。
ことり、これはお芝居ですよ」
ことり「じゃあ、海未ちゃんは、わたしのこと、どう思ってるの?」
海未 「私は、ことりのことが、だーいすきです!」
絵里 「こんちは! かしこい、かわい……
ごめんなさい、お邪魔しました」 - 6 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:22:04.44 ID:HgFLdlguo
- 海未 「わああ、絵里!
今のは、違うんです、これは……」
ことり「え? 違うの?
海未ちゃん、お芝居じゃないって言ってくれたじゃない!
ひどーい、アポロさん、私のアネモネハートを弄んだのね!」
海未 「あわわ」
絵里 「事態は紛糾しているのね。
コンガラガリーチカなのね。
海未、あなたがモテモテなのは承知してるけど、想い人のことりを泣かせちゃだめよ。
それじゃエリチカは、馬に蹴られないうちに、おうちに……」
海未 「こら、絵里、そんなニヤけた顔して……
このこと、皆に言いふらすつもりですね?
嘘の恋路とはいえ、そんなふうに茶化してると、ほんとに馬に蹴られますよ?」
ことり「嘘の恋路? ひどいわ!
アポロさん、可憐な白い花に何てことを……」
海未 「あわわ」 - 7 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:23:17.77 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果「こんちは!
海未ちゃん、ことりちゃん、そろそろ帰ろうよ!」
絵里 「あ、穂乃果、ちょうどいいところに来てくれたわ。
今、あなたの幼なじみの二人が、神聖なるミューズのおわします部室でチワゲンカを……」
穂乃果「あー、いーけないんだー、いーけないんだー!
海未ちゃんが、ことりちゃんを泣かしてる!
せーんせいにー、いってやろー。
りーじちょーに、いってやろー」
海未 「わああ、理事長に言うのは勘弁してください!
叱られるならまだしも、たぶん、からかわれるから……
ていうか穂乃果、知ってるでしょ?
これは子どもの頃からやってる、アネモネごっこですよ」
穂乃果「アネモネごっこか。
でも私、その遊びのときはいつも寝てたから、よく分かんないんだよね」
絵里 「海未、そうやって口から出任せを言うのは、プレイボーイの常套手段よ。
ねえ、ことり。
ほんとは、何をしていたの?」
ことり「えへへ、海未ちゃんがかわいそうになってきたから、タネあかしをするね。
アネモネごっこは、たしかにお芝居だよ。
お芝居で、海未ちゃんに、私のことをフる蝶々の役を演じてもらったの」
絵里 「でも、何のために?」
ことり「うーん。
しいて言うなら、失恋の練習のためかな」
絵里 「子どものころから、何度も、失恋の練習をしてるの?」
ことり「うん、そうだよ。
備えあれば憂いなし。
事前にきちんと準備をしておけば、失恋という大きな憂いからも、軽やかに立ち直れるというものだよ」
- 8 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:24:37.59 ID:HgFLdlguo
- 【その日の帰り道】
穂乃果「ねえねえ、ことりちゃん。
この前貸してくれた少女漫画、読んでみたんだけど、まだ私にはよく分からないよ。
恋って、何?」
ことり「誰かのことを、好きになることだよ」
穂乃果「でも、私、ことりちゃんのことも、海未ちゃんのことも、だーいすきだよ。
μ’sのみんなのことも、家族のことも。
その「だーいすき」は、ぜんぶ恋なの?」
ことり「うーん、どうかな。
ただ好きなんじゃなくて、ずっと一緒にいたいと思うこと、かな」
穂乃果「それでも、やっぱり分からないよ。
だって私、大好きなみんなと、できればずっと一緒にいたいもん」
ことり「そうだね。
でも、『ずっと一緒にいたい』という気もちにも、色んな意味があるよね。
たぶん、恋人どうしの『ずっと一緒にいたい』の気もちは、ほかの場合とは、ちょっと違うの」
穂乃果「どんなふうに、違うの?」
ことり「別々でいるのが辛くなるくらいに、焦がれてしまうの」
穂乃果「コガレル?」
ことり「うん、そうだよ。
胸こがる。
胸が焦げちゃうくらい、カーッと熱くなるの。」
そんなふうに焦がれるあまり、そうだな……『チューしたい』とか考えちゃうの」
穂乃果「ふーん。そんなに胸が熱くなるのか。
今の私には、まだ、よくわからないな。
でも、恋するとチューしたくなるということは、逆に、チューすると恋した気分になれるかも。
そんなわけで、海未ちゃん、ちょっとチューしてみてもいい?」
海未 「ちょ、穂乃果、その理屈はおかしいですよ!
そもそも、チュー……いや、接吻はハレンチです!」
穂乃果「海未ちゃんは、ハレンチな話が苦手だね。
でも、せめてチューくらい許容しないと、少女漫画読めないよ?」
海未 「いいんです。私は、少女漫画読まなくても。
今のところは、ハレンチじゃない恋の話だけで、じゅうぶんです」
穂乃果「例えば、どんなお話?」
海未 「『白いアネモネ』です」
- 9 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:25:37.94 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果「子どものころ、何度聞いても眠くなった話だ……
ねえ海未ちゃん、そろそろ私にも理解できると思うから、お話ししてほしいな!」
ことり「わたしも、また昔みたいに、聞きたいな!」
海未 「いいですよ。
小さい頃から、ことりに何度もせがまれて、もうすっかり覚えてしまいましたからね」
こうして私たちは、海未ちゃんから、アポロくんとアネモネちゃんの物語を聞かせてもらいました。 - 10 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:26:35.59 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果「なるほど、そんなお話だったのか。
今あらためて聞くと、とてもガンチクぶかい話のような気がするよ。
ねえねえ海未ちゃん、ことりちゃん。
このお話は、恋のお話なの?」
海未 「そうですね。恋の話と言えるでしょうね。
でも、それと同じくらい……」
穂乃果「同じくらい?」
ことり「それと同じくらい、失恋の話でもあるの」
穂乃果「シツレン、か。
恋のことは、さっきのお話で少しだけ分かったけど、失恋については、まだぜんぜん分からないよ。
失恋って、いったい何なのかな?」
ことり「恋してる人は、白いアネモネちゃんみたいに、こう言うわけだね。
『あたし、あなたのことが好きよ』って」
海未 「ただし、それだけでは、アネモネちゃんの恋は成就しないんです。
だからアネモネちゃんは、アポロくんに、こんなふうに訊いたわけですね。
『あたしがあなたのことを好きなように、あなたはあたしが好きでしょう?』って。
告白するときには、好きだと言うだけじゃなくて、好きかと訊かなくちゃいけないんです」
ことり「一言でいうと、『好きですが好きですか?』というわけだね」 - 11 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:28:27.66 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果「うーん、なかなか難しいんだね。
それで、アポロくんがイエスと言ってくれれば、恋が叶うわけだね。
じゃあ、アポロくんがノーと言うときには、恋が失われるのかな?」
ことり「うん、失恋というくらいだから、恋心が失われることもあるかもね。
でも、いつもそうとは限らないよ。
中には、恋心を失わずに失恋するひともいるの」
穂乃果「どういうこと?」
ことり「たとえば、アネモネちゃんが、そうだったの。
アネモネちゃんは、ずっと、
『あたしがあなたのことを好きなように、あなたはあたしが好きでしょう?』って期待してたんだけど、
やがて気づくことになるの。
自分が相手を好きだからといって、相手も自分を好きだとはかぎらないんだ、って」
穂乃果「それでもアネモネちゃんは、アポロくんのことが好きだったんだね」
ことり「そうだね。
だから、アネモネちゃんは、あんな言葉を残したんだね。
『あなたがあたしをもう好きでなくても、あたし、あなたが好きよ』って」 - 12 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:29:20.63 ID:HgFLdlguo
- すると、海未ちゃんが、誰に尋ねるともなく、言いました。
海未 「叶わなかった恋心は、どうなるんでしょうね。
行き場のない胸の焦がれは、どうなるんでしょうね」
風が吹いて、さらさらと街路樹が揺れました。
わたしは、その様子を眺めながら言いました。
ことり「アネモネちゃんの恋心のように、言葉になって、風にそよいで、遠くに運ばれていくんだよ」
海未 「遠くに?」
ことり「そう、遠くに。
アネモネちゃんの胸の焦がれは、遠くへの憧れに変わるの。
たとえ、憧れの向かう先に、もうアポロくんがいなくてもね」
- 13 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:30:42.81 ID:HgFLdlguo
- 【その日の夜、南家、居間】
理事長「ことり、この前の話、ちゃんと考えてくれてる?」
ことり「うん。お母さん。
わたしなりに、考えてるつもり。
でも、まだ、迷ってるの。
確かに、デザイナーになるのは、子どものころからの憧れだったよ。
でも……」
理事長「憧れを叶えるために、遠くに行くのは、辛い?」
ことり「ううん。
ちゃんと、やるべきことをやった上で、行きたいと思ってるの」
理事長「やるべきこと?」
ことり「高校で、μ’sのみんなと、最後まで一つのことをやり遂げること。
それが終わったあと、大学に行ってから、留学したいと思ってるの」
理事長「ええ、私も、それはいい考えだと思うわ」
ことり「でも、まだ、お母さんの知り合いの人に、返事を伝えるのは待ってくれないかな?」
理事長「ほかにまだ、やるべきことがあるの?」
ことり「うん。言わなきゃいけないことがあるの」
理事長「お別れの言葉?
それはまだ、ずっと先のことなんだから、今から言わなくてもいいんじゃない?」
ことり「ううん、お別れの言葉じゃないよ。
ほかに、まだ、子どものころから練習していた言葉があるの」
理事長「……分かった。知り合いには、まだ返事を保留しておくわね。
大丈夫よ。時間はたくさんあるから。
後悔のないようにね」 - 14 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:32:04.27 ID:HgFLdlguo
- 【数日後、穂乃果の家】
穂乃果「ようこそ、みなさん!
さあ、あがってあがって!」
希 「お邪魔します。
ごめんな、穂乃果ちゃん。
大勢で押しかけてしまって」
穂乃果「希ちゃん、そんな遠慮しないで。
たまにはこうやって、みんなで遊ぶのも、いいと思わない?」
希 「せやね。ありがとう。
ところで今日は、何をするのかな?」
ことり「ふふふ。
みんなで、海未ちゃんの作詞のお手伝いも兼ねて、映画鑑賞会だよ」
にこ 「映画? どんな映画を見るの?」
ことり「恋愛映画だよ。
恋心の何たるかを知らないと、ラブソングの作詞もできないからね」
海未 「え、私は初耳ですよ?
配慮してもらえるのはありがたいですが、恋愛映画は勘弁してください!
友人の家でハレンチなDVDの鑑賞だなんて、いかがわしいです!
不純同性交友です!」
真姫 「海未、誤解を招く言い方をしちゃだめよ。
ところでことり、DVDは誰が調達するの?」
ことり「自他ともに認める少女漫画マイスターのかよちゃんと、
μ’sのセクシー担当を自称する絵里ちゃんに選んできてもらう予定だよ」
凛 「あ、絵里ちゃんとかよちんが来たよ!
おーい、ふたりとも、何を借りてきたの?」
花陽 「すてきなラブストーリーだよ!」
絵里 「恋のメタファーに溢れた、すばらしい映画よ。
思春期の少女が見る風景は、すべて恋の物語なのよ」 - 15 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:33:00.83 ID:HgFLdlguo
- そんなわけで、私たちは、DVD鑑賞会を始めました。
凛ちゃんと穂乃果ちゃんは、映画が始まるとすぐ、ふたり仲良く寝てしましました。
真姫ちゃんと希ちゃんとにこちゃんは、一歩下がって、ほむまんを食べながら、映画を鑑賞しています。
にこ 「あいつら、何してるのよ」
希 「恋愛映画好きの三人やからね。
近くで見たいんじゃないかな?」
真姫 「でも、どうして海未も混じってるの?
一見、そういうのが好きなようには見えないけど」
希 「真姫ちゃん、よく見てごらん。
海未ちゃんは、三人に押さえつけられて、解説を聞かされてるんだよ」
にこ 「頭にかぶった座布団まで剥がされて……海未、哀れね」 - 16 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:34:31.35 ID:HgFLdlguo
- 絵里 「ほら、海未。
目を逸らさずに、よく見て。
画面の端に見えるあの二つの山は、きっと、おっぱ……」
海未 「ひいい!」
ことり「絵里ちゃん、深読みしすぎだよ。
さすがにアレは、ソレのメタファーではないよ」
絵里 「そうかしら、ことり。
でも、どこかのエロい……じゃなかった、エラい人も言っているわ。
私たちの生は、アレなのよ。
いわゆる、ヰタ・セクスアリスなのよ」
花陽 「絵里ちゃん、もうちょっときれいな眼鏡で見るべきだよ。
いくらなんでも、山のアレがソレをナニしてるというのは、穿った見方だよ。
それより見るべきなのは、ふたりの男女のプラトニックな心情描写だよ」
絵里 「花陽、あなたは清らかな眼鏡をかけているのね。
でも残念ながら、私の見たてによれば、あのテーブルの上の二つの林檎も、おそらく、おっぱ……」
海未 「ひいい!」
ことり「絵里ちゃん、林檎のソレがナニをアレしてるというのは、さすがに言い過ぎだよ。
それより、本筋に集中しようよ。
ほら、キスシーンが始まるよ、海未ちゃん……わあ、海未ちゃん、暴れないで!」
海未 「ハ、ハレンチです!」
海未ちゃんは、私たち三人の手を振りほどくと、キスシーンの途中で停止ボタンを押してしまいました。
花陽 「ああ……」
ことり「怖い映画じゃないのに……」
絵里 「そうよ、こんな感動的なシーンなのに……」
結局、その日は、キスシーンを見ることができないまま、おひらきになりました。
- 17 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:36:16.25 ID:HgFLdlguo
- 帰り際、玄関の前で、わたしは穂乃果ちゃんと言葉を交わしました。
ことり「穂乃果ちゃん、今日はありがとう!
ねえ穂乃果ちゃん、今日の恋愛映画、面白かった?」
穂乃果「えへへ、ステキな映画だとは思うけど、私には、まだよくわからないよ。
ねえねえ、ことりちゃん。
どうして海未ちゃんに、恋愛について教えようとしてるの?」
ことり「海未ちゃんの作詞家としての才能を開花させようと思ってね」
穂乃果ちゃんが、嬉しそうに笑って、言いました。
穂乃果「そうだね。
私も、海未ちゃんの才能、すごいなって思ってるんだよ。
でも……ことりちゃん、それだけじゃないでしょ?
小さいころから、ことりちゃん、ずっと考えてることがあるんでしょ?」
ことり「えへへ、穂乃果ちゃんは、眠ってるふりしてたけど、何でもお見とおしなんだね。
そうだよ。
わたし、海未ちゃんに、いつか、言わなきゃいけないことがあるの。
だから、そのための準備を、海未ちゃんにも、しておいてほしいの」
- 18 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:38:12.67 ID:HgFLdlguo
- 【その日の帰り道】
ことり「ねえねえ、海未ちゃん」
海未 「何ですか、ことり」
ことり「わたし、海未ちゃんのことが好きだよ」
海未 「ありがとうございます」
ことり「わたしが海未ちゃんのことを好きなように、海未ちゃんはわたしのことが好き?」
海未 「好きですよ」
ことり「友達として?」
海未 「友達として」
ことり「ふうん」
海未 「いきなり、どうしたんですか?」
ことり「まだ、早いかな」
海未 「早い?
何が早いのですか?」
ことり「言わなきゃいけない言葉を伝えること」
- 19 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:39:08.67 ID:HgFLdlguo
- 【数日後の放課後、音楽室】
海未 「どうしたんですか、ことり。
練習が終わったあとに、音楽室に呼び出したりして」
ことり「映画の次は、音楽から恋愛を学ぼうと思ってね。
とはいえ、そう頻繁にみんなに集まってもらうわけにはいかないから、
今日のメンバーは、穂乃果ちゃんと海未ちゃんと私と、それから、特別講師の先生」
穂乃果「特別講師? 誰が来てくれるの?」
真姫 「音楽と恋愛といえばこの私、マッキーよ」
穂乃果「ヒューヒュー!
マッキー、カッコいいよー!
じゃあ今日は、真姫ちゃんの豊富な恋愛経験について聞けるというわけだね」
真姫 「そんなわけないでしょ。
あなたたちと同じで、彼氏いない歴イコール年齢なんだから」
穂乃果「じゃあ、何を話してくれるの?」
真姫 「クラシックから恋愛を学ぶのよ」
穂乃果「ヒューヒュー!
文化的なマッキーも、カッコいいよー!」
真姫 「えへへ」 - 20 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:40:05.93 ID:HgFLdlguo
- そして真姫ちゃんが、きれいな曲を、ピアノで聴かせてくれました。
そして、外国の言葉で、きれいな歌を歌ってくれました。
ことり「ありがとう、真姫ちゃん。
これは、何ていう曲なのかな?」
真姫 「モーツァルトの『すみれ』という歌曲よ」
海未 「今歌ってくれた歌詞は、どういう意味なのですか?」
真姫 「ある有名な詩を、そのまま歌詞にしてるの。
牧場に咲く、可憐なスミレの恋の物語よ」
穂乃果「スミレさんは、誰に恋をしたの?」
真姫 「羊飼いの、かわいこちゃんよ。
彼女に摘まれて、四半刻でもいいから、その胸に抱かれたいと思ったの」
ことり「その恋心は、叶ったの?」
真姫 「残念ながら、叶わなかったわ。
小さなスミレは、気づかれることなく、かわいこちゃんに踏まれてしまうの」
穂乃果「かわいそうな、スミレさん。
悲しかっただろうね」
真姫 「そうね。悲しかったと思うわ。
でも、それと同じくらい、嬉しかったらしいの」
海未 「嬉しい?
なぜ、踏まれて喜ぶのですか?」
真姫 「えーと、その……
かわいこちゃんに踏まれるなら本望だ、と思って……」
穂乃果「ははーん、わかったよ。
スミレさんは、ヘンタイさんなんだね」
真姫 「違うわよ!
もっとこう、スミレさんの詩的な熱情を理解してあげなさいよ!」 - 21 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:41:07.22 ID:HgFLdlguo
- 海未 「えーと、ちょっと倒錯的なところもありますけど……
これは、失恋についての歌なのですね」
穂乃果「失恋というのは、要するに、踏まれる喜びなの?
失恋した詩人は、ヘンタイさんと紙一重なの?
私には、よくわからないよ。
……そうだ! ねえ真姫ちゃん、ためしに私のこと、踏んでみてよ!」
真姫 「うええ?」
穂乃果「失恋した人は、踏まれて喜ぶ。
ということは、踏まれて喜べば、失恋した人と同じ気持ちになれるかもしれないよ」
海未 「いや穂乃果、その理屈はちょっとおかしいですよ」
穂乃果「ほら、海未ちゃんも一緒に踏まれてみようよ!」
海未 「私は遠慮しときます!」
穂乃果「じゃあ私だけでいいから!
あれー、真姫ちゃん、できないんだあ?」
真姫 「できるわよ、そこまで言うなら、やってやろーじゃない! ……とでも言うと思ったか!
女性の体はデリケートなのよ!
踏みつけるなんて、ぜったいダメなの!」
穂乃果「じゃあ男の人なら、踏んでもいいの?
男の人は、踏まれると喜ぶの?」
ことり「それはまた別の話だよ、穂乃果ちゃん」
穂乃果「むむむ……
それなら、軽く足を載っけるだけでいいから。
さあ真姫ちゃん、カモン!」
ことり「あ、真姫ちゃん、わたしにもお願ーい!」
- 22 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:42:11.02 ID:HgFLdlguo
- 【数分後、ふたたび音楽室】
花陽 「失礼します。
真姫ちゃん、遅くなってごめんね。
凛ちゃんと私の用事は済んだから、私たちにもぜひクラシックを聴かせて……ぴゃあ!」
真姫 「うええ……」
(椅子に腰掛けて、おそるおそる、穂乃果とことりの上に足を載せる)
穂乃果「Ach, das arme Veilchen!
(ああ、かわいそうなすみれ!)」
ことり「Ach, das arme, arme Veilchen!
(ああ、かわいそうな、かわいそうなすみれ!)」
海未 「……」
凛 「かよちーん、扉の前で立ち止まって、どうしたの?
凛も中に入りたいよー」
花陽 「凛ちゃんは見ちゃだめ!」
海未 「……」
花陽 「う、海未ちゃん……
これは、どういう状況なの?」
海未 「……いわゆるヰタ・セクスアリスです」 - 23 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:43:36.04 ID:HgFLdlguo
- 【その日の帰り道】
ことり「いやー、真姫ちゃんから足を載せられてみたら、
失恋したスミレさんの気もちが、少しだけ分かったような気がするよ!」
穂乃果「だよね、だよねー!
何というか、こう、悲しみの奥にかくれたヨロコビを感じられた気がする!」
海未 「二人とも、危ない悦びを感じるのは慎んでください!
あんまり行きすぎると、ただの変態になっちゃいますよ。
それに真姫も、怯えてましたよ。
まきちゃんおびえて、あいうえお、ですよ」
ことり「真姫ちゃんには、明日、あらためて謝ることにしようか。
でも、おかげで、わたしたちは、お花を通じて失恋について学ぶことができたよ。
アネモネちゃんの失恋と、スミレさんの失恋を通じてね。
学んだことは、どんなふうにまとめられるかな?」
穂乃果「うーん、失恋しても、フられたほうの恋心は、残り続けるということかな。
風にそよぐ言葉として、あるいは、踏まれる喜びとして。
後者は、ちょっと変態チックだけどね」 - 24 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:44:57.33 ID:HgFLdlguo
- 海未 「これで私たちは、失恋について、すっかり学んだことになるんでしょうか。
実際に失恋するのと同じくらいのことを、追体験したことになるのでしょうか」
ことり「うーん、まだだよ。
お花と私たちには、大きな違いがあるからね」
穂乃果「どんなふうに違うの?」
ことり「アネモネちゃんとスミレさんは、失恋したら、散ってしまうの。
でも、わたしたちは、失恋したあとも、散らないんだよ。
フられたあとも、新しい日々を迎えて、また笑えるようになるべきなんだよ」
海未 「それは、どこで学べるのでしょうか?」
ことり「お花で追体験できないなら、自分で実際に体験するしかないよね。
だから、練習することはできないんだよ。
初めてフられる人は、いつでも、ぶっつけ本番で立ち直らなきゃいけないんだよ」
穂乃果「うーん、なかなか難しいんだね。
……あ、いつのまにか家の前だ。
それじゃあ、ことりちゃん、海未ちゃん、また明日!」
海未 「はい、また明日」
ことり「また明日ね、穂乃果ちゃん」
- 25 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 05:46:38.02 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果ちゃんを見送ったあと、しばらく海未ちゃんと二人で歩きました。
ことり「ねえねえ、海未ちゃん」
海未 「何ですか、ことり」
ことり「わたし、海未ちゃんのことが好きだよ」
海未 「ありがとうございます」
ことり「わたしが海未ちゃんのことを好きなように、海未ちゃんはわたしのことが好き?」
海未 「好きですよ」
ことり「友達として?」
海未 「……友達として」
ことり「……そっか。
ねえねえ、海未ちゃん。
海未ちゃんはカッコいいから、後輩の子からすごく人気があるよね。
もしファンの子から、友達とは違う意味で『好き』って言われたら、どうする?」
海未 「難しいですね。
軽々しく求めに応じるわけにはいきませんよね。
かといって、相手を傷つけたくはないし」
ことり「モテモテの蝶々にも、悩みがあるんだね」
海未 「よしてください。
私はアポロくんみたいにモテモテじゃないですよ。
……でも、フられるほうにも立ち直る勇気が必要ですけど、きっと、フるほうにも、覚悟が必要なんでしょうね。
相手を置いて、その場を去る覚悟が。
アポロくんみたいに軽薄にならないためには、相手を思いやる心が必要ですからね」
ことり「それなら海未ちゃんは、安心だね。
だって海未ちゃんは、冷たい蝶々のアポロくんと違って、とっても優しいもんね」
海未 「いいえ、私には、よくわからないです。
フる相手を思いやる心が、十分にあるかどうか、わからないです」
ことり「じゃあ、むやみに告白されるのは、辛い?」
海未 「辛いでしょうね。
さいわい、そんな経験は、まだありませんけどね」
ことり「……まだ、早いかな」
海未 「早い? 何が早いのですか?」
ことり「言わなきゃいけない言葉を伝えること」
- 29 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:25:09.34 ID:HgFLdlguo
- 【その日の夜、南家、居間】
理事長「ことり、あまり急かすつもりはないのだけど……
留学の件、あれからどう?」
ことり「お母さん、ごめんなさい。
もう少しだけ、待ってくれないかな?」
理事長「ええ、大丈夫よ。
もうすぐ最終予選だから、そっちに集中してね。
でも、残念ながら、本選が終わるまでは、待てないわ。
遅くとも二月の終わりまでには、答えを出してほしいの」
ことり「うん、わかった」
- 30 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:25:43.26 ID:HgFLdlguo
- それからわたしたちは、最終予選のための練習に励み、何とか当日を迎えました。
みんなの応援のおかげで、わたしたちは本選に進むことができました。
あわただしい日々の中で、失恋について考える機会は、少なくなりました。
とはいえ、やはり、それについて考えなくちゃいけない日もあります。 - 31 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:26:19.33 ID:HgFLdlguo
- 【2月14日の放課後、部室】
にこ 「久しぶりね、ことり。
調子はどう?」
ことり「あ、にこちゃん、希ちゃん、絵里ちゃん!
こっちの準備は、おかげさまで順調だよ。
三人の受験の調子は、どう?」
希 「こっちも、おかげさまで、何とかなりそうだよ。
今日は久しぶりに顔を出すついでに、チョコの差し入れに来たの」
ことり「わーい、ありがとう!
わたしたちの作ったのも、食べてくれる?」
絵里 「ええ、もちろんよ。ありがとう」
ことり「わあ、絵里ちゃん、すごい量のチョコ!
それぜんぶ、ファンの人からもらったの?」
絵里 「ええ、なぜこんなポンコツがモテるのか、わからないけどね。
ありがたい話よ」
ことり「ぜんぶ手渡し?」
絵里 「いいえ。受験生ということで遠慮してもらえたみたいで、ぜんぶロッカーの中に入ってたわ」
希 「でも去年は、大変だったよね。
絵里ちにチョコを手渡ししたい後輩の女の子が、列をつくってたもんね」
にこ 「たぶん今年は、あいつが囲まれてるんじゃないかしら?」
ことり「うん、そうなの、今日は……」
- 32 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:27:20.17 ID:HgFLdlguo
- そこに、大きな紙袋を抱えた海未ちゃんが、げっそりとした様子で入ってきました。
海未 「おひさしぶりです」
希 「わー、すごいな、海未ちゃん。
それぜんぶ、手渡しでもらったん?」
海未 「ええ。ありがたい話ですが、さすがに心労で倒れそうです」
にこ 「心労? 嬉しいだけじゃないの?」
海未 「もちろん、嬉しいことは嬉しいですよ。
でも、返事をするときに過度な期待をもたせてはいけませんし、かといって、つれない態度をとるわけにはいきません。
そのバランスをとるのが、難しいんです」
にこ 「ははーん。モテる人にも、辛いことがあるのね。
でも、今日一日で、だいぶ鍛えられたんじゃない?」
海未 「どうでしょうね。
告白のときの心の動きには、少しだけ敏感になれた気がしますけどね」
- 33 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:28:47.10 ID:HgFLdlguo
- そこに、穂乃果ちゃんが嬉しそうにやって来ました。
穂乃果「海未ちゃーん! チョコを分け合おう!
私の作ったチョコあげるから、海未ちゃんのをぜんぶ、味見させてほしいな!」
海未 「いいえ。申し訳ないですが、そういうわけにはいきません。
私が用意した分は、もちろん、あげますよ。
でも、私が後輩の子からもらったチョコは、一口たりとも、ほかの人にはあげません」
穂乃果ちゃんは、それを聞くと、事情を察した様子で口を開きました。
穂乃果「……あ、確かにそうだね。
ごめんね、無理なお願いをしちゃって。
海未ちゃん、チョコをくれた女の子の恋心を、たいせつにしたいんだね」
海未 「さすが、穂乃果です。
わかってくれて、ありがとうございます」
そう言って海未ちゃんは、包装を傷つけないように丁寧に外すと、黙々とチョコを食べはじめました。
- 34 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:29:33.41 ID:HgFLdlguo
- にこ 「ねえ海未、あんたの考えは立派だと思うわ。
でも、あんまり無理して食べすぎないようにね」
希 「そうだよ、海未ちゃん。
くれぐれも、体に気をつけてな」
海未 「心配してくれて、ありがとうございます。
でも私なら、大丈夫ですよ」
わたしは、チョコを味わう海未ちゃんの目を見つめて、話しかけました。
ことり「ねえ、海未ちゃん。
どうして、そこまでして、恋心を受け止めようと思ったの?」
海未ちゃんは、チョコを飲みこむと、わたしの目を見つめ返して言いました。
海未 「私のためにチョコを作ってくれた女の子の気もちを、想像してみたんです。
私は恋をしたことが……ないから、うまく想像できたかどうか、わかりません。
でも、とても大切な気もちが、分かった気がしたんです。
だから、その気もちを、ぜんぶ受けとめたくなったんです」
ことり「もし、チョコをくれた子と、これから会うことがなくても?」
海未 「もう会うことがなくなっても、私はその子のこと、忘れません。
だから、その子のチョコは、ぜんぶ頂きます」
ことり「えへへ、やっぱり海未ちゃんは、カッコいいな」
そろそろ、いいかな。
- 35 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:30:53.04 ID:HgFLdlguo
- 【その日の夜、南家、居間】
ことり「ねえ、お母さん。
留学の件だけどね。
前に言ってたとおり、大学に入ってから行けるように、手続きすることに決めたよ」
理事長「ええ、分かったわ。
そのように伝えておくわね。
言わなきゃいけないことを言う準備ができたの?」
ことり「うん」
理事長「いつから、それを言う準備をしてたの?」
ことり「小さいころから、ずっと」
今日は、海未ちゃんも疲れてるだろうから、少し日を置こう。
それからわたしは、なにくわぬ顔で、数日を過ごしました。
- 36 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:31:50.50 ID:HgFLdlguo
- 【数日後の夜、南家、ことりの部屋】
ことり「もしもし、穂乃果ちゃん。
いま、お話しても大丈夫?」
穂乃果:
うん、大丈夫だよ。
何のお話しよっか?
ことり「大事な話、してもいい?」
穂乃果:
……うん。
最近、ことりちゃんの様子がいつもと違うから、
もしかしたら、何かあるのかなって思ってたんだ。
ことり「さすがは穂乃果ちゃん。
何でもお見とおしなんだね」
それからわたしは、留学のことについて、詳しく話しました。
高校を卒業して大学に行ったあとで、いずれ留学するつもりだということ。
たぶん、わたしが夢を叶える場所は、海の向こうになるだろうということ。
- 37 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:33:02.57 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果:
……うん、わかった。
寂しいけど、私は、ことりちゃんが夢を叶えるのを応援してるからね。
それに、すぐにお別れというわけじゃないもんね。
これからまた、たくさん、みんなで楽しいことしようね。
ことり「ありがとう、穂乃果ちゃん。
私、みんなのこと、だーいすきだよ。
このことだけ、忘れないでね」
穂乃果:
うん、ありがとう。
私たちもみんな、ことりちゃんのこと、だーいすきだよ」
ことり「ありがとう。
何があっても、そのことは、忘れないよ」
穂乃果:
ねえ、ことりちゃん。
海未ちゃんにはもう、留学のこと話したの?
ことり「ううん、まだ」
穂乃果:
海未ちゃんに、言わなきゃいけない言葉があるんでしょ。
ことり「そうなの」
穂乃果:
これから、海未ちゃんに電話するの?
ことり「うん」
穂乃果:
電話を切るまで、泣かないようにね。
ことり「うん」
- 38 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:33:49.33 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果ちゃんとの電話を終えたあと、わたしは一呼吸ついて、海未ちゃんに電話をかけました。
ことり「もしもし、海未ちゃん。
いま、お話しても大丈夫?」
海未:
はい、大丈夫ですよ。
何のお話をしましょうか?
ことり「大事な話、してもいい?」
それからわたしは、留学のことについて、詳しく話しました。
穂乃果ちゃんに話したのと、同じことを。
そのあとすぐ、わたしは、海未ちゃんに言いました。
ことり「ねえ、海未ちゃん」
海未:
……何でしょう。
ことり「わたし、海未ちゃんから聴きたいお話があるんだ」
海未:
……何でしょう。
ことり「白いアネモネ」 - 39 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:34:52.22 ID:HgFLdlguo
- 【その頃、高坂家、穂乃果の部屋】
穂乃果「はい、もしもし」
絵里:
こんばんは、穂乃果。
今、電話しても大丈夫かしら?
穂乃果「うん、大丈夫だよ」
絵里:
ちょっと穂乃果に、訊きたいことがあるの。
穂乃果「うん、いいよ。
私でよければ、何でも答えるよ」
絵里:
最近、ことりに、何かあったんじゃない?
穂乃果「うん。さすが、絵里ちゃんだね。
この前のバレンタインデーの日に気づいたのかな?
あの日の絵里ちゃん、あんまり喋らずに、ずっとことりちゃんのことを見てたもんね」
絵里:
ことりは、ぎりぎりまで大切なことを自分の胸にしまっておく性格だから。
だから、何か悩みを隠してるんじゃないかなって、思ってたの。
どこか遠くに行くような素振りをしてたから、心配になって……
でも、そのことを、ことりは穂乃果に話してくれたのね。
穂乃果「うん、そうなの、実は……」
絵里:
ううん、いいわ。言わなくて。
あなたの口調からして、それほど急を要する話じゃないみたいだから。
私は、その日がくるまで、知らないふりをしておくから。
穂乃果「ありがとう。
その日が近づいたら、きっとことりちゃんの口から話を聞けると思うよ」
絵里:
それを聞いて、まずは一安心したわ。
でも、もう一つ心配ごとがあるの。
ことりと海未のことよ。
- 40 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:35:26.26 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果「すごいね、絵里ちゃん。
そこまで分かって、見守っててくれてたんだね」
絵里:
いいえ、私はただのポンコツよ。
ただ、あの日、ことりが海未に大事なことを言いたそうだったのに気づいただけ。
穂乃果「うん、それも絵里ちゃんの見立てどおりだよ。
でも安心して。
ちょうど今、ことりちゃんが、海未ちゃんに、それを話してると思う」
絵里:
白いアネモネの話?
穂乃果「……いつから気づいていたの?」
絵里:
ことりが、失恋の練習と称して、白いアネモネごっこをしてるのを見たとき。
あの日から……いや、子どもの頃からずっと、ことりは、失恋の練習をしてたのね。
穂乃果「うん、海未ちゃんと一緒にね」
絵里:
白いアネモネは、ことり自身だったのね。
- 41 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:36:20.08 ID:HgFLdlguo
- 穂乃果「ううん、絵里ちゃんの推測は鋭いけど、そこだけはちょっと違うんだ」
絵里:
どういうこと?
だって、いつも、アネモネ役は、ことりだったじゃない。
穂乃果「確かに、練習では、そうだったね。
でも、本番のときは、立場が逆になるんだよ。
白いアネモネは、ほんとうは、海未ちゃんだったの」 - 42 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:37:05.50 ID:HgFLdlguo
- 【その頃、南家、ことりの部屋】
海未:
いつからことりは、気づいていたんですか。
私がことりに恋をしているってこと」
ことり「子どものころから、ずっと、分かってたよ。
『白いアネモネ』のお話を、はじめて読んでくれたときから」
海未:
ふふふ。私自身よりもずっと早く、知ってたんですね。
だって、私が自分の気もちに気づいたのは、つい最近のことなんですよ。
ことり「ふふふ。わたしが恋愛のことを教えてあげたおかげだよ。
海未ちゃんに、自分自身の気もちに気づいてもらえるように、色んなことをしたでしょ。
一緒にアネモネごっこをして、恋愛映画を見て、歌曲を聴いて……
でも、最後は、海未ちゃんが自分の力で気づいてくれたね。
この前のバレンタインデーの日に」
海未:
そうですね。
後輩の子たちの恋心に思いを馳せているときに、やっと気づいたんです。
私の心の中にも、同じ焦がれがあるということに。
ことり「もー、海未ちゃんたら、鈍感なんだから。
穂乃果ちゃんのほうが、早く気づいてたみたいだよ。
海未ちゃんの気もちにも、アネモネごっこの本当の意図にも」
海未:
ふふふ、さすがは私たちのリーダー、穂乃果ですね。
寝ているふりをして、何でもお見通しなんですね。
ことり「さて、それではそろそろ、始めようか。
ねえ、海未ちゃん、これは練習じゃなくて、本番だからね。
今から話す言葉は、お芝居の台詞じゃなくて、わたしたち自身の言葉だからね」
海未:
わかりました。
- 43 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:37:49.06 ID:HgFLdlguo
- 【その頃、高坂家、穂乃果の部屋】
絵里:
驚いたわ。
ことりが海未にフられる練習をしてたんじゃなくて、ことりが海未をフる練習をしてたのね。
穂乃果「うん。
ことりちゃんは、お別れの日が来るまえに、海未ちゃんの気もちを受けとめる準備をしてたの」
絵里:
二人とも、立ち直れるかしら?
また笑えるようになるかしら?
穂乃果「きっと大丈夫だよ。
今まで逆の役を演じてきたのは、お互いの心を思いやるためだからね。
フられる側には恋心が残るし、フる側にも恋心は残る。
それを思いやることができれば、きっと二人は、また顔を合わせて笑えるようになるよ」 - 44 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:38:27.59 ID:HgFLdlguo
- 【その頃、南家、ことりの部屋】
海未:
ねえ、アポロさん。
ことり「何かな、アネモネちゃん」
海未:
あたし、あなたが好きよ。
ことり「……」
海未:
あたしがあなたを好きなように、あなたはあたしが好きでしょう?
ことり「……いいや、そんなことはないよ」
海未:
あたしを置いて、遠くに行っちゃうのね。
ことり「そうだよ。
でも、安心しなよ。
つれない蝶々が、どこかに飛んでいくだけだよ。
そんなひどい僕のことなんか、忘れてしまいなさい」
海未:
……あなたがあたしをもう好きでなくても、あたし、あなたが好きよ。
そこまで言うと、わたしたちは、言うべき言葉を見つけられずに、二人で沈黙しました。
海未ちゃんは、決して自分から電話を切ろうとしませんでした。
電話を切るのは、フられるほうじゃなくて、フるほうじゃなくちゃいけないのです。
だからわたしが、静かに電話を切りました。
- 45 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:39:16.62 ID:HgFLdlguo
- ツーツーと音をたてる電話に耳を当てて、わたしはベッドに突っ伏しました。
言うべきことはもうないけど、言いたかったことは、まだあります。
子どものころ、泣いているわたしに、海未ちゃんは、いつもこう言ってくれました。
――――――――――
「わああ! ことり、泣かないでください!
これはお芝居ですよ!
ほんとは、わたし、ことりのことが、だーいすきですよ!」
「わーい、うみちゃん、ありがとう!
ことりも、うみちゃんのこと、だーいすきだよ!」
「それじゃあ、ほのかをおこして、みんなで、おそとにあそびにいきましょうか」
「うん!」
―――――――――――
できることなら、同じことを海未ちゃんに言ってあげたかったな。
「海未ちゃん、泣かないで。
ほんとは、わたし、海未ちゃんのことが、だーいすきだよ」
切れた電話にそう告げてから、わたしは、つぶやきました。
「ごめんね」
- 46 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:43:27.44 ID:HgFLdlguo
- 【二週間後、部室】
とはいえ、いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。
間近に迫った本選に向けて、動き出さなくちゃいけません。
どんなに練習を重ねても、失恋から軽やかに立ち直ることはできません。
それでも海未ちゃんとわたしは、ゆっくり立ち直り、日常に戻ることができました。
戻る前と後で、海未ちゃんには、二つの変化がありました。
- 47 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:44:11.70 ID:HgFLdlguo
- 真姫 「海未、あなたの書く詩は、最近ますますステキになったわね」
希 「うん、ウチもそう思う。
海未ちゃん、恋について書けるようになったんやね」
海未 「ふふふ、ありがとうございます」
真姫 「何か心境の変化があったの?」
海未 「さあ、どうでしょうね」
そう、海未ちゃんの第一の変化は、恋の詩を書けるようになったこと。
一度は行き場を失った海未ちゃんの胸の焦がれは、憧れの言葉になって、行き先を見つけたようです。
これでわたしも、安心して、自分の憧れを遠くに飛ばす準備ができそうです。
- 48 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:45:02.88 ID:HgFLdlguo
- 花陽 「海未ちゃん、新しいDVD借りてきたから、一緒に見ようよ!」
絵里 「そうそう。
息抜きに、恋愛映画を見ましょうよ」
海未 「はい、私もぜひ見たいです!」
絵里 「ほら、花陽、ここの場面を見て。
お椀の中の二つのお餅は、おそらく、おっぱ……」
花陽 「違うよお!」
海未 「いいえ、花陽、絵里の言うとおりですよ。
目を逸らさずに、よく見てください。
それだけじゃなくて、さっきのお椀のふたを閉めるシーンは、おそらく、せっぷ……」
花陽 「それも違うよお!
ねえ、絵里ちゃん、海未ちゃん。
二個セットで丸い形のモノを何でもアレに結びつけたり、
モノどうしの接触を何でもソレに結びつけたりするのは安易だよ。
人間の生活を何だと思ってるの?」
絵里 「ヰタ・セクスアリス」
海未 「ヰタ・セクスアリス」
そう、海未ちゃんの第二の変化は、恋愛映画や少女漫画を見られるようになったこと。
恋と失恋をいっぺんに経験して、海未ちゃんの趣味には、ささやかな変化が起きたようです。
それに伴って、ちょっとスケベな話もできるようになったのは、まあお愛嬌でしょう。
ただ、少し困った嗜好にも目ざめてしまったようで……
- 49 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:45:37.78 ID:HgFLdlguo
- 海未 「あ、ことり、丁度いいところに来てくれました。
恋愛映画、いっしょに鑑賞しませんか」
ことり「うん、ありがとう!
わたしも、まぜてもらおうかな」
海未 「ところで、ことり」
ことり「何かな」
海未 「ちょっと私を踏んでくれませんか?」
ことり「ちょ、海未ちゃん!
女性の体はデリケートなんだよ!
だから、踏んづけるなんて、ぜったいダメなの!」
海未 「それなら、足を載せるだけでいいですから。
さあ、ことり、カモン!」
- 51 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:47:38.44 ID:HgFLdlguo
- 【その頃、部室近くの廊下】
穂乃果「ねえ、にこちゃん、凛ちゃん。
二人に相談というのは、ほかでもない海未ちゃんとことりちゃんのことだよ。
ちょっと最近、二人には色々なことがあったの。
だから、三バカの私たちで、少しでも明るい雰囲気づくりを目ざしたいんだよ」
にこ 「今こそ、三バカの本領発揮というわけね」
凛 「よーし、テンション上げていくにゃー!」
穂乃果「では、ドアを開けるよ。
やっほー、海未ちゃん、ことりちゃ……」
ことり(椅子に腰掛けて、おそるおそる、海未の上に足を載せる)
「海未ちゃん、どう、嬉しくなってきた?」
海未 「Ach, das arme Veilchen!
(ああ、かわいそうなすみれ!)」
凛 「たいへんだ」
にこ 「へんたいだ」
穂乃果「あーよかった。
もう安心みたい」
- 52 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:49:00.00 ID:HgFLdlguo
- わたしに踏まれながら、海未ちゃんが囁きました。
海未 「蝶々さん、私は、嬉しいですよ」
ことり「踏まれるのが、嬉しいの?」
海未 「それもあるけど、それだけじゃありません。
これから飛び立つあなたの見る世界が、海の向こうまで開けているのが、嬉しいんです」
わたしも、それに応えて、囁きました。
ことり「白いアネモネさん、わたしも、嬉しいよ」
海未 「どうして、嬉しいんですか?」
ことり「アネモネさんが、これからますます、きれいになってくれるはずだから。
ねえ、アネモネさん。
一度めの失恋のあとには、いつかきっと、二度めの恋が始まるよ。
ますますきれいに咲いたアネモネさんのところには、
いつかきっと、すてきな王子さまが迎えに来てくれるよ」
そのあと、海未ちゃんとわたしは、同じように微笑みました。
同じように微笑んだので、わたしにはもう、どっちがアネモネで、どっちが蝶々なのか、分かりませんでした。
- 53 : ◆U3O2l/Lem6 2015/03/01(日) 16:49:33.60 ID:HgFLdlguo
- ※おわりです。
読んでくれた方、ありがとうございました。
文中の「白いアネモネ」の話は、フィンランドの作家サカリアス・トペリウスの児童文学作品です。
- 54 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/01(日) 16:51:20.51 ID:rnr6++bCo
- 乙。
なんとも不思議な雰囲気で見入ってしまった。 - 56 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/01(日) 18:14:10.24 ID:Q3B8LxMs0
- 乙!
これは良いことうみ

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