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男「これより……貴様のケツをさわる」女「ほう……」
- 1 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:12:07 ID:uSX5h9hw
- ガタンゴトン…… ガタンゴトン……
『次の停車駅は“○×市役所前”、“○×市役所前”でございます』
早朝、通勤ラッシュでごった返している電車内でそれは起こった。
男「そこの女」
女「なにか?」
男「これより……貴様のケツをさわる」
女「ほう……」
突然の宣戦布告。
これにより、この電車は交通機関ではなく、戦場と化した。
- 2 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:15:14 ID:uSX5h9hw
- ざわめく他の乗客たち。
「ヒューッ! 始まりやがったぜ!」
「この緊張感、たまんねえ!」
「みんな、詰めろ! 詰めるんだ! リングを作るんだよォ!」
ワァァァ…… ワァァァ……
満員電車にもかかわらず、乗客たちは我先にとさらに互いを押し合う。
まもなく、車内にはかなりの広さのスペースが出来上がった。
『リング』である。 - 3 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:17:45 ID:uSX5h9hw
- 宣戦布告をしたからには、男は次の駅に到着するまでに女の尻にさわらねばならない。
さもなくば、男の敗北である。
この電車が次の駅にたどり着くまでにかかる時間は、およそ4分。
男「いざ」サッ
女「いつでも」ジリ…
乗客A「いよいよ始まる!」
乗客A「どっちも体勢を低くして、まるでレスリングでも始めるみたいだ!」
乗客B「当然だろうな」
乗客A「!」 - 5 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:19:43 ID:uSX5h9hw
- 乗客B「この揺れ動く、不安定な電車内……」
乗客B「通常のファイティングポーズでは、よろめいてしまう」
乗客B「あのように腰を落とし、重心を低く保つのは理にかなっているといえよう」
乗客A「なるほど……」
男「……」ジリ…
女「……」ジリ…
徐々に、両者の間合いが縮まっていく。
緊張が極限まで高まる。 - 6 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:22:46 ID:uSX5h9hw
- ギャンッ!!!
男は電車の床を踏み抜く勢いで、猛然と駆け出した。
驚異的な瞬発力で、女の背後へと回り込もうとする。
ギュルンッ!!!
しかし、女もフィギュアスケートを思わせる猛回転で、背後を取らせない。 - 7 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:29:23 ID:uSX5h9hw
- ギャンッ!!!
ギュルンッ!!!
ギャンッ!!!
ギュルンッ!!!
ギャンッ!!!
ギュルンッ!!!
乗客A「男がものすごい速さで回り込もうとするが、女も回転してそれをさせない!」
乗客B「まるで……地球と、その周囲を回る月、だな」
乗客B「こんな朝っぱらから、天体観測をさせられるとは思わなかった」 - 8 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:31:43 ID:uSX5h9hw
- ギャンッ!!!
ギュルンッ!!!
ギャンッ!!!
ギュルンッ!!!
ギャンッ!!!
ギュルンッ!!!
乗客A「いったい……いつまで続くんだ?」
乗客A「運動量では男が上だし、男のスタミナが尽きるのが先か!?」
乗客A「それとも回転しまくってる女が目を回すのが先か!?」
乗客B(二人とも、そんな初歩的なミスは犯すまい……)
乗客B(そろそろだ……そろそろ、男が仕掛ける頃だ!) - 9 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:34:57 ID:uSX5h9hw
- 男(――今だッ!)
男「白蛇の牙(スネークハンド)!!!」
シュルンッ!
乗客A「うおおおおっ! 腕がしなやかに伸びた!」
乗客A「蛇のような動きで、右手が女の尻を目指してく!」
乗客B「そう……今まで激しく動き回っていたのは、このための布石」
乗客A「布石……!」
乗客B「回り込まずとも尻にさわれる、あの技をヒットさせるためだったのだ!」 - 10 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:37:35 ID:uSX5h9hw
- 女「ちいっ!」バババッ
男「ぬぅ!」
オオォォォ……!
男の芸術的な技を、女もかろうじてかわす。歓声が上がる。
男「外したか……」ザッ
女「……危ないところだった」ザッ
乗客A「す、すげえ……!」
乗客B「予想外だったろうが、よくぞかわした。一進一退、だな」 - 11 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:41:16 ID:uSX5h9hw
- 非常に惜しい攻撃ではあったが、“白蛇の牙(スネークハンド)”の代償は大きかった。
女は技を警戒し、回転だけでなく、フットワークを使い始めたのだ。
女「……」バッバッバッ
男「……」バッバッバッ
乗客A「うおおおお! どっちも速い!」
乗客A「この光景はなにかに似ている……。そう、あれだ! カバディだ!」
乗客B「ふむ、インドの国技だな」
乗客B「男はそうたやすくは、間合いに入れなくなったな」 - 12 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:44:57 ID:uSX5h9hw
- 宣戦布告から3分経過――
すなわち次の停車駅までは残り1分!
女「……」バッバッバッ
男「……」バッバッバッ
乗客A「そろそろ、次の駅につくけど……このまま決まっちまうか!?」
乗客B(いや……この区間には次の駅につく直前で、大きく揺れる地点がある)
乗客B(男がそこで仕掛けるのは間違いないだろう)
乗客B(だが、女もそれは承知のはず!) - 13 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:47:05 ID:uSX5h9hw
- 残り30秒――
運命の刻(とき)は来た。
ガッタンッ! グラッ……!
男「痴ィッ!!!」ギュオッ
乗客A「仕掛けたァァァ!」
乗客B「今までで最大のスピードッ! これをかわすのは至難ッ!」 - 14 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:50:30 ID:uSX5h9hw
- 女「ハッ!!!」ヒュオッ
ガシィッ!
乗客A「うおおっ! 上にかわしたァ!」
乗客B「なるほど、吊り革につかまったか!」
乗客B(縦と横だけでなく高さを生かした立体的回避! 女の勝利、か!) - 15 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:54:30 ID:uSX5h9hw
- 女(あとは着地して到着を待つだけ――)パッ
女「!?」
ギュアッ!!!
着地寸前である女の背後に、男が回り込んでいた。
男「吊り革から手を放し、着地するまでの……ほんのコンマ数秒」
男「ここにこそ、真の勝機があった!」
男「空中では自在には動けまい! ケツががら空きだァ!」
男「白蛇の毒牙(ネオ・スネークハンド)!!!」ニュルッ
ジャキーン!!!
ついに、男の右手が女の尻に触れた。男の勝利である。 - 16 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 22:57:00 ID:uSX5h9hw
- 女「私の……負けだ」
男「貴様こそ、なかなかだったよ」
ワァァァ……! パチパチパチ……
観戦者である乗客たちからも、惜しみない歓声と拍手が送られる。
乗客A「出勤前にこんな名勝負を見られるなんて、俺はなんてツイてるんだ!」
乗客A「くぅ……涙が出てきちまった……」グスッ…
乗客B「さて、と。仕事をせねばな」
乗客A「え?」 - 17 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 23:00:21 ID:uSX5h9hw
- 乗客B「お二人とも、いい勝負だった。どちらが勝ってもおかしくなかったよ」
乗客B「さて、そちらの君」
男「はい」
乗客B「私は刑事でね、現行犯逮捕させてもらう」サッ
懐から取り出されたのは、警察手帳と手錠。
男「……分かっております」
ザワッ…… - 18 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 23:05:18 ID:uSX5h9hw
- 乗客A「そんな! なぜ!? あなただって今の勝負には感動したはずだ!」
乗客B「それはそれ、これはこれ、というものだよ」
乗客B「“罪には罰を”だ」
乗客B「この原則が破られたら、法治国家は成り立たないのだよ」
男「そのとおりです」
男「覚悟の上でやったこと、悔いはありません」
ザワザワ…… ドヨドヨ……
名勝負に水を差されたとでもいうべき結末に、困惑する乗客たち。
しかし、異論を唱えられる者はいなかった。
たとえどんな名勝負を演じようが、男が痴漢であることは紛れもない事実なのだ。 - 19 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 23:08:29 ID:uSX5h9hw
- 乗客B「さ、手錠をかけるぞ」
男「はい」
女「――待ったァ!!!」 - 20 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 23:12:58 ID:uSX5h9hw
- 女「罪には罰を? いいや、ちがう!」
乗客B「ほう、では君の答えを聞かせてもらおうか」
女「そんなもの、もちろん決まっている」
女「“罪には蜜を”だ」チュッ
男「!」
女「結婚しよう……。いいえ、結婚しましょう!」
男「……ああ!」
ガシィッ!
人目もはばからず、抱き合う二人。 - 21 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/07/13(月) 23:16:14 ID:uSX5h9hw
- ワアァァァ……! パチパチパチパチ……!
乗客A「おめでとう! おめでとぉう!」パチパチ…
乗客B「フッ……夫婦になるのであれば問題あるまい」パチパチ…
こうしてこの日、一組のカップルが誕生した。
『まもなく、“○×市役所前駅”に到着いたします』
『ご結婚なさる方は、こちらで婚姻届を提出するのがよろしいでしょう』
おわり

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