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澪「同じ速さで」
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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:14:20.40 ID:J23kY1580
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冬休みが終わり大学寮に戻ってきた、余計な土産を持って。
いわゆる『正月太り』というやつだ。
否定したいけれど、体重計は嘘をつかない。
そういうわけで、最近は歩く姿勢を見直している。
コンビニへ行くとき、本屋へ行くとき。
そして、講義の時間が重なった幼馴染と歩くとき。
「みおー、ちょっと歩くの速くないか?」
「そうかな? いつも通りだぞ、律」
とは言ってみたけれど、
いつもより速くなっていることは否定できそうにない。
太陽が出ているものの、気温は低い。
建物の影になっていた場所は凍結しているようで、鈍い光を発している。
あまり力を入れないよう、慎重に脚を運んだ。
「お、スピード戻ったな」
「まだ凍ってるから、気をつけないとな」
「そうそう、澪しゃんは転ぶとき私を巻き添えにするからなー」
「あ、あれは……たまたま律がそばにいたから。根に持ってる?」
「うんにゃ、全然。――次はちゃんと支えるからさ」
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2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:15:19.29 ID:J23kY1580
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日差しのような笑みを受けながら、いつも通りに歩みを進める。
大学に入ってから、律と一緒に歩くことは少なくなった。
所属している学部が違うせいもあるし、交友関係の広がりも関係している。
今までは律にべったりだった、それは否めない。
高校時代からそのことは気にしていたけれど。
私も変わらないとな――。
そういう思いは無意識下にずっとあった。
表面化したのは、大学生という身分を得てからだろう。
なにしろ自由だ、高校みたいに決められた授業というものがない。
講義の取り方によっては昼過ぎまで寝ていてもいい。
早い人は三回生の前期で単位を取り終え、
必修のゼミやサークル以外は大学に来ないらしい。
律が講義をたくさん受けているのも、それを狙ってのことだろう。
ともかく、私は自分の早さで進んで行こうと思う。
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3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:16:57.90 ID:J23kY1580
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「そういえば幸と菖は?」とたずねると。
「ん、先に行ったらしいぞ」という返事が返ってきた。
寮から大学は近い。
代わり映えのしない風景を横目に、律と並んで歩く。
考え事をしていると、あっという間にキャンパスに着いた。
守衛のおじさんに軽く会釈し、キャンパスに踏み入る。
メインストリート脇には枯れた木が等間隔に植えられていて、
白い雪が枝をうっすらと飾り立てている。
「澪、見てみろよ。ええと……アレだ!」
「なにが『アレ』なんだ?」
「えっと……『枯れ木もなんとかの賑わい』だよ!」
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4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:17:50.69 ID:J23kY1580
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律にしては詩的だなと思いつつ、もう少し悩ませておくことにした。
今は枯れてしまっているが、秋には見事な紅葉を見せていた。
イチョウの黄色や、カエデの赤。
大学の建物は白いし、道は灰色だ。
その中で原色の木々はひと際目立っていた。
ふと思い出し、「紅葉きれいだったな……」という言葉が漏れる。
「思い出した! 『枯れ木も山の賑わい』だ」
「そうだな、律にしてはいいこと言うじゃないか」
「へいへい、わたしはどうせガサツですよーだ」
ガサツに見えて繊細な部分もある。
そんな部分もまた魅力なんだろう。
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5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:18:41.04 ID:J23kY1580
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二人並んで灰色がかったキャンパスを歩む。
ときどきすれ違う人にぶつからないように。
しばらく歩いたのち、講堂の前に到着した。
「じゃあ澪、あとでなー」
「真面目に講義受けるんだぞ、律」
「わーかってるって。単位全部取ってやるからな」
律は背中を向けて私から遠ざかり、「じゃあな」と手を振ってみせる。
そして小走りになって、あっという間に視界の外へと消えた。
「――さて、どこにいるかな」
ドアを開けて講堂に入り、よく見知った姿を探し始める。
ふわっとしたロングヘアーに切りそろえられた前髪。
栗色がかった茶髪、そして高い身長。
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10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:23:06.12 ID:J23kY1580
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講堂の階段を上りながら視線を左右に動かす。
しばらくうろうろして、窓側の列で彼女を見つけた。
「さち、おはよう」と、いつも通りのあいさつをする。
「……おはよう、澪」
「あれ? 寝不足?」
「そうじゃないけど……、いつも通り、かな」
彼女の名前は『林幸』という。
私は最初、『林さん』と呼んでいたけれど、
あるきっかけから『幸』と、下の名前で呼ぶことになった。
というより、呼ぶことにした。
「眠いって訳じゃ……ないんだけど」
睡眠時間に関係なく、彼女はいつもこんな口調だ。
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12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:25:20.56 ID:J23kY1580
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幸の隣に腰を下ろし講義の準備を始める。
バッグからテキストやノート、その他諸々を取り出す。
手を動かしながら、「この講義終わったら学食行かないか?」と尋ねる。
「うん……、行こっか」と、二つ返事で答えてくれた。
「律も一緒に来るし、あやめもたぶん一緒だよ」
「そっか、菖もいるんだ……」
幸は表情に乏しいけれど、口元がわずかにゆるんでいることが確認出来た。
私と幸は『似たもの同士かな』と、心の中で密かに思っている。
使用楽器は共にベース、髪はロングで、どちらかというと引っ込み思案。
身長は私が160センチ、平均より少し高い。
ちなみに律は154センチ。
そして幸は168~9センチといったところだ。
彼女はそれをコンプレックスと思っているけれど。
そして、胸部の膨らみも人並み以上。
それはあまり気にしていないらしい。
「講義は午前中で終わっちゃうから暇なんだよなあ。幸、どうする?」
「どうって……あんまり考えてな――、教授来たよ」
幸は40歳過ぎであろう男性教授を見て、講義の準備を始めた。
私も準備を整え、90分に渡る講義に備える。
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13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:26:49.63 ID:J23kY1580
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キャンパスにはまだ雪が残っていて、灰色と白に染められている。
大勢の学生を横目に、学食へ行く道すがら。
「疲れたなー、幸」
「そうだね、やっぱり90分は長いと思う」
「そうだな、高校までは50分だったもんな」
「うん、でも慣れてきたかも」
「そう、何事も慣れだよな。律のドラムも走り気味だけど、ついていけるし」
「……自然に出て来たね、その話」
「ち、違うぞ! 今のは音楽の話で、別に律じゃなくて、その――」
幸の笑顔は、『別に否定しなくても』と語っているみたいだ。
「い、急ぐぞ! この時間帯は学食混むからな」
歩幅を広く、足早にキャンパスを進む。
幸も悠々とついて来て、賑わっている学食に踏み入った。
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14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:28:06.77 ID:J23kY1580
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いつも通り学食は賑わっていた。
食事を乗せたトレーを持ちつつ席を探す。
出来れば律と菖の姿を確認したい。
当ても無く探していると。
「澪ちゃーん、さちー。こっちだよ」という声が聞こえた。
声の主は菖で、律も向かいの席にいる。
「先客ありだな、菖。律もついでに」
「おー、澪ちゃん。幸も久しぶり、って朝も会ったけど」
「なにおぅ! 澪、『ついでに』なんて。私たちの仲だろ?」
菖と律は、すでに食事に手を付けている。
受講した講堂と学食が近いからだろう。
私は律の、幸は菖の隣にそれぞれ座った。
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15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:29:03.17 ID:J23kY1580
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「幸、今日のはあっさりしてるな」
「そうだね……、カロリー低目にしてみた」
「聞けよぅ!」と律の声。
無視するのも気が悪いと思い。
「律、後期もレポートたくさんあるんだろ?」
「う、うん」
「だったら、私も手伝うぞ」
言い終わるや否や律の表情が晴れて。
「ありがとうな、澪!」
と、感嘆符つきの返事をくれた。
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17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:30:28.47 ID:J23kY1580
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食事を終えようとしたとき。
「ねえねえ、幸、澪ちゃん。このあと用事ある?」
と、菖が身を乗り出し。
私は「何もないけど」と答えて、幸は首を横に振った。
「じゃあさ、今から服買いに行かない? 冬物バーゲンやってるしさ!」
「私はいいけど、律は……」と、ちらりと目線を送る。
「いいよ、澪。三人で行ってこい。それにさ――」
私が聞き返そうとしたところに、律が。
「前に、『可愛い服着るぞ』って言ってたから、ちょうどいいだろ?」
「う、うん。出来れば律も一緒がよかったんだけど」
律はこの曜日、午後からの講義もとっている。
流石に自主休講をすすめるつもりはない。
「私もりっちゃん誘いたかったんだけど――講義あるからしょうがないよね」
菖のフォローが入り、みんなの同意をとる。
そうして、私と幸と菖は買い物。
律は講義という予定になった。
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20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:37:03.55 ID:J23kY1580
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菖に連れられ、服屋さん――もといセレクトショップにやってきた。
二階建てのビルを丸々占拠していて、
通りに面した箇所はガラス張りになっている。
一階はメンズのフロアなので、私たちは二階へと階段を進んだ。
服屋といえば個人経営、もしくはお手頃のチェーン店という先入観がある。
今いる店は全国チェーンだがお手頃ではなく、むしろ高い傾向らしい。
しかし今はバーゲンの時期。
タグには五割引きから七割引きされた値段のシールが貼られている。
「似合う! 似合うよ澪ちゃん。私のコーディネートも捨てた物じゃないね」
「そ、そうかな……。ちょっと恥ずかしい、かも」
試着室から出てきた私に、菖が歓声を送り。
幸は柔らかな表情を浮かべた。
髪をサイドでまとめ。
デニム地のホットパンツを履き、脚を八割方露出している。
そのままでは寒いので、黒のタイツで脚をカバー。
淡いピンクのTシャツを着て、その上に水色の袖なしパーカーを羽織った。
「澪、似合ってる……」
幸の感想もあってか、私も上機嫌になった。
あとの心配は値段だけ。
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21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:38:57.86 ID:J23kY1580
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「えっと、いくらかな?」
とりあえず試着を終え、服のタグを確認する。
軒並み五割から七割引きなので、財布のダメージも許容範囲だ。
「しかし安くなってるな……、元値は結構するけど。菖、なんでだろ?」
「まあ、冬バーゲンも終盤だし。売れ残るよりはマシ、ってところかな。
それにね――、サイズが大きいから残ってる可能性も高いし」
「あ……そうか。私大きいから――」
私の返答に、菖と幸の表情が曇った気がした。
けれど、「二人ともスタイルいいよ! 気にすることないって」
と言う菖のフォローが入り、続けて。
「私を見なよ。背は低いし、ぺったんこだし。
コンプレックスは人それぞれだけど、私はそこまで気にしてない。
小さいからバーゲンの売れ残りもゲット出来るし、活用しないと」
幸の表情が和らぎ、いつもより芯のある声で。
「……そうだね、私も菖も平均から外れてるけど。
頑張ってみるよ。ありがと」
やっぱり確信した。
私と律、幸と菖。この組み合わせは似ているということを。
有り体に言えば『凸凹コンビ』。
そして、本質的なところは通じているのかなと一人納得した。
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22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:40:32.50 ID:J23kY1580
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冬は日が沈むのが早い。
夕日は長い影を作り、ビルをオレンジ色に染め上げている。
みんなで戦利品を確保し、店が立ち並ぶ通りを歩む。
真ん中に菖、左側に私、右側に幸。
「ふう、買った買った。満足満足。
澪ちゃんもニーソックス買えばよかったのに、絶対領域が見たかったなあ」
「そ、それは……えっと。太ももの肉が気になるというか、なんというか」
短めのボトムスと太ももの中ごろまでのニーソックスを合わせる。
すると、そのあいだに生脚がわずかに見える。
それを『絶対領域』と呼ぶらしい。
「ざんねーん」
私の脚がもう少し細ければ視野に入ってたんだけど。
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23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:42:10.06 ID:J23kY1580
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ひとまず話題を変えることにして、菖の荷物を見つめながら。
「菖は大漁だな、両手一杯に持って。結局、幸も買ったんだな」
「……うん、たまにはいいかも」
幸は袋を片手に持ち、私を見つめながら呟く。
それにしても――。
ふとした疑問が浮かび、視線を落として二人の足元を見る。
幸の身長は168~9センチ。
菖の身長は151センチだったはず。
これだけ身長差があれば脚の長さも違うわけで、当然歩幅も違うだろう。
けれど、二人はそんなことお構いなしに歩く速さを合わせている。
脚の長さと歩く速さは関係ない。
当然と言えば当然の話で、特別な発見でもなんでもない。
でもそれが、私にはなぜだか愛おしく思えた。
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25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:49:09.08 ID:J23kY1580
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夕食を終えて寮の部屋に戻り、
ベッドの上に服を並べているとノックの音がした。
続けて、「入るぞ」と律の声。
「わかった」と答え、鍵を開けて中へ招き入れる。
律はベッドの上の服へ目をやり。
「おおっ! 結構買ったんだな。――で」
視線を服から私へ移し、「着ないのか?」と訴えかける。
最初にお披露目するのは律になったな――。
からかわれるか、ほめてくれるか。
どちらにせよ着替えることにした。
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27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:51:32.33 ID:J23kY1580
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「で、感想はどうなんだ? 律」
昼間試着したときと同じ姿。
デニム地のホットパンツに黒のタイツ。
淡いピンクのTシャツを着て、水色の袖なしパーカーを羽織る。
髪はあえてまとめず、ストレートに流した。
「おーい、律」と呼びかけるも、ワンテンポ遅れて。
「ん、ああ……」
と、気の抜けた返事。
もしかして、『律は気に入ってくれないんじゃないか?』
そんな考えが頭をよぎるも、不意に。
「……可愛い」と、律にしては小さな声で感想を述べた。
「え?」
「だから、似合ってるって! いいよいいよ」
私の周囲をうろつきながら、じろじろ見つめて頷いている。
後ろにまわって、私の両肩に手を置き。
「ほら、自分で見ろよ」と鏡の前に私を促す。
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28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:52:59.74 ID:J23kY1580
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鏡に映った私は見慣れない姿だけど、間違いなく私だった。
いつも眼鏡をかけている人間が、外したときのような違和感だろう。
「似合って、る……のかな?」
「間違いないって。どこに出しても恥ずかしくない! 自慢の娘だ」
一瞬、『お前は私のママか!』という言葉が出かけて。
「お母さんじゃあるまいし、ほめたってなにも出ないぞ」
「そんなんじゃないですわよ、澪ちゅわん」
「じゃあ何なんだ?」
「嬉しいんだよ」
皮肉を言われたり、からかわれたりするかと思ってたけど。
手放しでほめてくれて、その上『嬉しい』なんて言われた。
前にもこんなことがあった気がする。
「嬉しいって……、私のことなのに?」
「そうそう。澪の嬉しさは私のもの、私の嬉しさも私のもの」
「どこのアニメの台詞だ!」
私が逆の立場ならどういう反応をしただろうか。
律と同じく、『似合ってる』と言って『嬉しい』って思うんだろう。
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30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:57:59.58 ID:J23kY1580
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一週間後、またもや律と講義の時間が重なった。
この季節には珍しい陽気で、雪や路面の凍結は姿を消している。
気温は高くないけれど、暖かい日差しが私たちに降り注ぐ。
「澪、ひとつ疑問なんだけど」
「ん?」
「こないだのアレ、着ないのか?」
「ああ、アレな……」
まだ自分で見慣れていないせいもあるし、恥ずかしさも勝っている。
それに――。
「なんて言うかな……、服に見合う自分にならなきゃって思ったから」
「見合う自分?」
「そう。例えば……ダイエットとか」
「澪はそこまで太ってないと思うけどな。……まあいいや、頑張れ!」
律はそう言って、私の背中をポンと押してくれた。
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31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 20:59:16.96 ID:J23kY1580
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子どものころ、背が高い子は走るのが速いと思っていた。
『ねえ、りっちゃん』
『なあに、みおちゃん』
『わたし、りっちゃんよりかけっこはやいよ』
『なんで?』
『わたしのほうが、しんちょうたかいもん』
その考えは、運動会の徒競走で打ち砕かれた。
ゴールまであと少しのところで、律にテープを切られたからだ。
『はあ、はあ……。り、りっちゃんあしはやいね』
『わたしのほうがはやいでしょ?』と律が自慢げに言っていた。
別に自信を失ったわけじゃなく、『身長は関係ないんだな』と理解した。
律は普段から活発だし、いい意味で慌ただしい。
バンドをやろうと言われたときも、軽音部に入ろうと言われたときも。
いつも私の先を行っていた。
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32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:00:30.53 ID:J23kY1580
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今だって律は忙しいし、私とは違うんだろう。
「みおー、どした? 悩みごとか」
「――何も、悩んでないよ」
いつからだろう、律と同じ道を歩き始めたのは。
どちらからともなく、歩く速さを合わせ始めたのは。
歩幅自体は私のほうが広い。脚が長いから。
その分律は、歩調を速めて私に合わせている。
もしかしたら、私のほうが歩みを遅めていたのかもしれない。
「なあ、澪」
そんなことを考えているうちに、キャンパスが近づいてきた。
律は午後からも講義、先週と同じだ。
「澪ってば!」
「で、でかい声出すなよ」
「ちょこっとだけ頼みがあるんだけど」
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34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:02:10.60 ID:J23kY1580
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律は後ろ手を組みながら先に進み、
私にほうへ振り向いて、「今度バイトやるんだよ」と視線を向ける。
「そうか。で、どこでバイトするんだ?」
「えっとな、ライブハウスとかに時々呼ばれる感じかな。開演の時期に」
「そっか、律も忙しいんだな。今に始まったことじゃないけど」
私の気づかないうちに、どんどん先に進んでしまうような。
そういう姿を見るのは嬉しい。
でも、私のそばから離れて行ってしまうような思いにも駆られる。
「それって、紀美さんの紹介か?」
「いや、自分で探したんだけど。それでさっきの頼みってのがさ……」
律はそう言いながらわずかにうつむき、しばらく沈黙したあと顔を上げた。
出てきた言葉は――。
「澪も一緒にバイトしないか?」
「え?」
間の抜けた声で答えたのち、色んな考えが浮かんでは消えた。
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37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:06:32.22 ID:J23kY1580
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ライブハウスということは、ステージの設営と撤去だろう。
となると力仕事だから、ムギが一番向いている気がする。
律はなんでムギを誘わなかったのか?
それにああいうのは多人数でやるものだ。
当然スタッフやバイト間の連携も必要になる。
人見知りな私より、唯のほうが適任じゃないのか?
色々考えを巡らせたのち。
「ダイエットになるかな?」なんて、下心丸見えの反応をしてしまった。
「なる! 絶対に。だからバイトしようよー」
「人手って私だけでいいのか? 唯とかムギも誘ったほうが――」
「ん、えっとな……採用枠もあるし、こういうのは引く手あまただから、な」
律は両手を合わせ拝むような格好で。
「この通りだから、二人でやろうよ」
「とりあえず……、今回だけだからな」と答える、けれど――。
「よっしゃ、そうと決まれば連絡しとくからな」
今回だけじゃなく、律が誘ってくれるのならいつだって。
逆に私が誘ってみるのもいいかもしれない。
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38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:08:35.59 ID:J23kY1580
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あれこれ話していると、もうキャンパスは目の前だ。
中に踏み入り、しばらく律と歩みを進めた。
キャンパスの雪化粧も落とされ、冬らしい乾燥した空気に包まれている。
路面も乾いているし転んだりする心配はなさそうだ。
メインストリート脇の枯れた木に目をやると、先週の雪は無くなっていた。
春になれば緑色の葉に覆われ、学生を出迎えてくれるだろう。
「なあ、律。さっきの話なんだけど。採用枠がどうとか言ってたな?」
「あ、ああー。うん、言ったっけな」
「知ってるぞ、こういうのは人数多いほうがいいって」
律はきっと嘘をついている。
スタッフの人から、『友達もよければ誘ってね』なんて言われているはず。
にも関わらず、律は私だけに声をかけてきた。
律がみんなにひと声かければ、もっと人数を集められたはずだ。
「言わせるのか? 恥ずかしいですわねー、澪ちゅわん」
「……じゃあ、いいよ。二人でやろうな」
あえて理由は聞かないでおく。
きっと、同じことを考えているから。
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39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:09:33.82 ID:J23kY1580
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上機嫌な律を横目に歩きつつ、講堂の前に到着した。
律が「それじゃ……」と口を開き。
「またあとでな、澪。バイトの件もよろしく」と付け加えた。
「わかった。よろしく頼むよ」
「澪、居眠りするんじゃないぞー」
「私が居眠りしたことがあったか? それより――」
視線だけで釘を刺し、「わーかってるよ」という律の返事を引き出した。
私は背中を向け、講堂へ向かう。
律も背中を向け、講堂へ向かう。
背中に律を感じながら振り返ることはせず、宙に手を振ってみた。
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41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:12:41.22 ID:J23kY1580
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私は一人歩きながら、今までのことを思い出す。
いつも律がリードしてくれていた。
が、それは思い込みかもしれない。
私がいたから律はあんなふうに振舞っていたのかも。
自意識過剰もいいとこだけど、
もしかしたら背中を押していたのかもしれない。
それとも――。
「二人並んで歩いてきたのかな?」
思わぬ言葉が口をついて出た。
歩く速さだけじゃなく生きていくことだって、二人並んで。
急に恥ずかしくなり、顔が熱を帯びた。
冬の空気が丁度よく顔を冷やしてくれる。
ゆるんだ顔を人に見られないよう、うつむき加減で講堂へ向かう。
目の前には道が広がっていて、どんな歩き方をしても自由だ。
それでも律がいるなら、どんな道を歩いても大丈夫だろう。
私たちは、同じ速さでここまで歩いてきたんだから。
おわり
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42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:15:11.67 ID:96g9U4pH0
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よかったよ
乙
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44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:15:26.76 ID:Y3Yjt+580
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乙でした
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45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:15:34.20 ID:TJSE8kvSO
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おつー
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46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:16:03.08 ID:J23kY1580
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これで終わりです、支援ありがとうございました。
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50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:32:18.83 ID:XaBoKkeY0
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乙!
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53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/03(金) 21:39:18.23 ID:XAWBaRb20
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楽しかった! ありがとう。

ねんどろいど けいおん!澪&律ライブステージセット

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