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アコ 「はっぴぃばれんたいん」
- 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:38:47.48 ID:r7gPq1G00
- 「ねえねえ、どうするどうする?」
「やだー。私、お父さんにしか作らないよ?」
「えー!」
なぜだかこの時期、小学校の様子がとてもかしましくなる。
その要因は主に女の子。けれど、なんだか男子も様子が変だ。
休み時間中、女の子たちは固まってきゃっきゃとお話中。
男子は男子で、きょろきょろそわそわ、まったく落ち着きがない。
「そういえば、去年も少しだけ様子がおかしかったような……」
なんだっただろうか。去年のことだというのに、アコにはよく思い出せなかった。
たぶん、この1年弱が、あまりにも密度の濃い期間だったからだろう。
「ねえ、奏太。また商店街でイベントでもあるの?」
「んあ? うーん、べつにないと思うけどなぁ」
気になって問いかける先は、いつもの相手。
たぶん一番の友達の、南野奏太だ。
「っていうか、何で?」
「だって、なんかみんな騒々しいから……」
「ん? ……ああ」
- 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:39:39.86 ID:r7gPq1G00
- 「いや、だってまぁ……来週だしなぁ」
「来週って、何が?」
「何がってお前……ああ、海外だとそういう習慣ないのか」
「だから何の話よ」
「……俺が言うの、それ?」
奏太はなぜかためらいがちに、ふっと目をそらした。
なんだかその態度が気にくわなくて、アコもやっぱり、ぷいっと顔を背けた。
「教えたくないならいいわよ! 響たちに聞くから」
「いや、そこは他のクラスメイトに聞けよ……」
「うっさい」
はあ、と大きくため息一つ。奏太は仕方ないとばかりにアコを向く。
「仕方ないな。教えてやるよ」
ならば最初から教えろというものだ。
奏太の態度は気に入らなかったが、教えてもらうにやぶさかではない。
「早い話が、バレンタインデーだよ。バレンタインデー」
「バレンタインデー?」 - 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:41:39.54 ID:r7gPq1G00
- 「バレン、タイン、デー……」
学校からの帰り道、久々に何か、気持ちがもやもやする。
心がざわざわ、頭がぐるぐる、身体は少し、とぼとぼと。
原因なんて決まっている。あの後の、奏太の言葉だ。
『バレンタインデーっていうのは……』
『いうのは?』
『……女子が、好きな相手に、チョコをあげる日のことだよ』
『は……はぁ……!?』
奏太が少し言いづらそうにしていた理由が、その瞬間に分かった。
それはそうだ。「好きな相手」 なんて言葉、小学三年生には少し、“旬” すぎる。
「好きな相手、か……」
ぼわっ、と。燃え上がるように頬が熱くなる。
そんなんじゃない! なんて強がる気持ちと。
いや、だって……。なんて少しだけしおらしい気持ちと。
色々な気持ちが混じり合って、心の中がまとまらない。
「……響たちは、どうするのかしら?」
少しだけ心が落ち着いた。
そう。そうだ。こういうときは、いつもの場所へ行こう。
仲間たちならきっと、この心のもやもやも、どうにかしてくれるはずだから。 - 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:43:21.93 ID:r7gPq1G00
- 「どう!? どう!? ねえ、どうかしら!?」
「ち、ちょっと奏。落ち着いて食べられないよ」
いつもの場所なら、仲間たちなら、きっと。
ああ、自分はなんて浅はかだったのだろうか。
いつもの場所――すなわち調べの館は、いやに騒がしかった。
主に、ひとりのせいで。
「……これは一体、何の騒ぎ?」
「あっ、アコ! おかえりなさい」
「ええ、ただいま。それで、これは?」
笑顔で迎えてくれたエレンに挨拶を返し、聞く。
「それが……」 エレンは苦笑して。「奏がチョコレートを響に味見させているだけなんだけどね」
「はぁ?」
奏がお菓子を持ってきて、みんなで食べる。
それはいつものこと。それだけでこんな大騒ぎになったというのだろうか。 - 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:45:06.95 ID:r7gPq1G00
- 「私にも詳しいことは分からないけど、えっと……なんていったかしら。来週のイベント」
「バレンタインデーにゃ!」
エレンがうなっていると、横合いから甲高い声がした。
ハミィが悩みなんてこれっぽっちもないと言わんばかりの笑みで、したり顔を浮かべている。
「ああ、そうそう。バレンタインデーよ。なんでも来週バレンタインデーがあるから、あんなに騒がしいらしいの」
「へぇ……ここも、ってことね」
「え?」
「なんでもないわ」
エレンもハミィも、元は自分と同じメイジャーランドで生まれた妖精だ。
これ以上何かを言っても詮無いことだろう。
むしろ、ほとんど何も知らないであろうエレンとハミィを見ていて、少しだけ気持ちが落ち着いた。 - 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:47:39.34 ID:r7gPq1G00
- 「あっ、アコ! 助けてー、アコー!」
「げっ……」
奏になにやら色々と押しつけられていた響が、情けない顔で情けない声を上げた。
やめてほしい。後ろの奏が、
「……あ、アコ」
やっぱり。にんまりと、こちらを見て嬉しそうにほくそ笑んだではないか。
「ねえ、アコ? ちょっとお願い聞いてもらってもいいかしら?」
「……何?」
にんまり笑顔のまま、奏太の姉でもある奏が近づいてくる。
あんまりいい予感はしないけれど、逃げられるとは思えない。
こういうときの奏は、普段の落ち着いた奏からは想像もつかないアグレッシブさを発揮するからだ。
それは、奏の後ろでぐったりしている響を見ればよくわかる。
「もし、良かったら……」
「…………」
「チョコ、たくさんあるから、食べない?」
「……えっ?」 - 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:49:53.04 ID:r7gPq1G00
- 「…………」
ジーッ、と。穴があくくらい。
「……あの、奏? そんな風に見つめられると、食べづらいんだけど」
「あ……あはは、ごめんなさい」
舌を出して、うっかりうっかり、とかわいいポーズ。
けれどその目はまるっきり笑ってなくて、どこまでも本気だ。
まるでアコの一挙手一投足を見逃すまいとするかのように。
「はぁ……」
ためいきついて、奏作というキレイなチョコレートを一つ口に放り込む。
きれいで細かい装飾が施されたそのチョコレートは。
「あっ……美味しい」
思わずそう呟いてしまうくらい美味しくて。
それこそ、そう、奏のカップケーキを食べたときの幸福感を、ギュッと凝縮したような。
小さな小さなチョコレートに、これでもか、と甘さと愛が詰め込まれたような。
とってもとっても温かい、とってもとっても甘くてみずみずしい、チョコレート。
「……すごく、美味しいわ」
これは認めざるをえないだろう。
アコの仲間で、友達で、大切な人のひとりである奏は。
まぎれもなく、お菓子づくりの天才なのだ。 - 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:53:55.05 ID:r7gPq1G00
- 「本当に? 良かった」
ふっと微笑む奏の笑顔は本当に優しくて。
そんな奏だから、こんな優しいチョコレートを作ることができるんだなって、なんとなく納得できる。
「ありがと、助かったわ、アコ。美味しいのね」
「ええ……でも、何でわたしに味見をさせたの? これ、もしかして……」
アコは、少しだけ頬が熱くなるのを自覚しながら。
「……バレンタインデーに、好きなひとにでも、あげるの?」
「えっ……あ……あはは」 奏は頬を真っ赤に染めて。「アコ、知ってたのね。そうよ。私、王子先輩にチョコをあげるつもり」
ああ、そうなんだ。もちろん、そうだろう。
奏は、恋する女の子なのだ。だからそれはきっと、当たり前のこと。
せっかく奏のチョコレートでいやされていた心が、またもざわつきだす。
だって、目の前の誰より身近な仲間にだって、好きな人がいるのだから。
大好きなひとに気持ちを伝えるために、チョコレートを作るような乙女なのだから。 - 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 20:58:56.04 ID:r7gPq1G00
- 「……? アコ、どうかした?」
「えっ……」
いけない。ボーッとしていたようだ。
奏が微妙に赤い頬のまま、自分の顔をのぞき込んでいる。
「べつに、何でもないけど……でも、味見なら響だけで良かったんじゃない?」
ごまかすつもりの問いに、なぜか奏も首を傾げていた。
「うん。なんか、響、あんまり食欲がないみたい」
そんなバカな。あの響が、食欲がないなんてそんなことあるはずがない。
それこそ、奏が作ったスイーツを食べられないなんて、そんなことがあるはずない。
「……ひどい言い様。私だって食欲がない日くらいあるよーだ」
ブゥ垂れる響は、やっぱり心なしか浮かない表情だ。
「それに、エレンとハミィは何でも美味しいって言うから参考にならないし……」
「あははは……」
「面目ないニャ」
申し訳なさそうに笑うエレンとハミィ。
良くも悪くも、ふたりは素直で明け透けだ。 - 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:03:07.09 ID:r7gPq1G00
- 「だから、少し毒舌なアコに味見を頼んだの」
「毒舌って……失礼ね」
ぷいっと顔を背けると、その口元にもうひとつチョコがやってくる。
奏が笑顔で、チョコ差し出していた。
「う・そ。ありがとう、アコ」
「……ふん」
その奏らしからぬ、少しだけおとなびた様子に。
もしかしたら、こんな大人な風情が、奏の本当の姿なのかな、なんて少しだけさみしくなって。
だからアコは、そっとそのチョコを咥えて、租借した。
甘くて美味しい、奏の味。
けれど何か、どこか、さっきとは違う、寂しい気がする、味。
「……美味しい」
「うん。ありがと」
どうしたことだろう。ここに来れば、仲間に会えば、こころのもやもやは晴れると思ったのに。
どうしたことだろう。ここに来て、仲間に会ったせいで、ますますこころがもやもや、落ち着かない。
(もしかしたら……)
「?」
目の前の仲間が、“彼” の姉だから、なのだろうか。 - 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:05:45.21 ID:r7gPq1G00
- 「どうかした?」
「……ううん」
彼は当然、大好きなひとのために一生懸命チョコを作っている奏の姿を見ていただろう。
もしかしたら、味見もさせられたかもしれない。
彼はどう思ったのだろう。
自分と同じように寂しいと思ったのだろうか。
何か、奏が遠くへ行ってしまったような気がして、さみしいと感じたのだろうか。
それとも、うらやましいと思っただろうか。
奏からチョコレートをもらえる相手のことが、うらやましいと感じただろうか。
もし、そうなら。
「……ねえ、奏」
「? なぁに?」
もし、そうなら……どうだというのだろう。
けれど、アコは口から出る言葉を止められなかった。
「……わたしにも、チョコの作り方を教えてくれない?」
「えっ……」 奏は困惑するような声で。「え、ええ……もちろん、いいけど」
「あ、アコ!?」 響が驚きの声をあげて。「アコ、好きなひとでもいるの!?」
「べ、べつに、そんなんじゃなくて! ただ、おじいちゃんとかパパにあげたいだけよ!」
「な、なんだ。びっくりしたぁ……」 - 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:08:20.59 ID:r7gPq1G00
- 「でも、それっていいわね」
口を開いたのはエレンだ。
「私も、お世話になっているたくさんのひとに、チョコレートを配りたいわ」
「ニャプ! 義理チョコ、ってやつだニャ!」
「むぅ……まぁ、そういうことなら……私も、パパとか、クラスのみんなにあげようかな」
エレンの言葉にハミィが乗っかり、そして響がやっぱり少し不服そうに、けれど同意した。
「オッケー! それなら、みんなにも私の気合いのレシピ、ばっちり教えちゃうんだから!」
たぶん奏は気づいていない。
アコの誤魔化しとか。
響の様子が少しだけおかしいこととか。
当たり前だ。
バレンタインというのは、女の子にとって大事な日なのだそうだ。
ならば、奏はきっと、自分のことで頭がいっぱいなはずだから。
「明日はみんなお休みよね? じゃあ、明日の朝10時、私の家に集合ね!」
幸せそうな奏の声に、こころはざわついて、けれどどこか心強くもある。
もし彼が自分からチョコレートを受け取ったら、喜んでくれるだろうか? - 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:10:25.49 ID:r7gPq1G00
- 「……ねえ、響」
調べの館でお喋りして、うたを歌って、遊んで、そして、帰り道。
今日はエレンの部屋にお泊まりするハミィたちに見送られて、
「明日のために材料買い込んでおかなくっちゃ!」 と意気込んで行ってしまった奏と別れて、
響には 「送っていくね」 なんて、なんか大人の男のひとみたいなことを言われて、
だからふたりきりの、帰り道。
「なぁに、アコ?」
「あのさ……今日、どうして様子が変だったの?」
「えっ……?」
響は思っていることが顔にでやすい。
だからアコには、少しだけ響の考えていることが、分かる。
「あ……べつに、何も変なことなんて……」 - 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:10:57.85 ID:r7gPq1G00
- 「うそ。少しだけ不機嫌で、少しだけ変だったよ。自覚はあるんでしょ?」
「むぅ……」
むくれる響は、けれど反論しようとはしない。
アコの言ったとおり、自覚はあったのだろう。
「……べつに、大したことじゃないよ」
「大したことでもなければ、響が不機嫌なんてありえないでしょ? それに、チョコレートだって……」
アコはだから、容赦しない。響のことが心配だから。
「……食べられないなんて、うそ。本当は食べたいくせに、何で我慢なんてしたの?」 - 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:11:59.85 ID:r7gPq1G00
- 「……うそじゃないよ」
少しだけ間があって、響はようやく口を開いた。
「うそじゃないよ。私、本当に食べられなかったんだ。奏のチョコレート」
「そんなの……だって、響は奏が作るお菓子、大好きじゃない」
「そうだよ。私だって不思議だったよ。……でも、なんか……あんまり、食べたくなかったんだ」
「美味しくなかったの?」
「そんなわけない! ひとつ食べて、すっごく美味しかったよ! でも……」
響は何か、言葉を探すように。
「でも、なんか苦しかった。食べてて……胸が締め付けられるみたいだった」
「…………」
少しだけ分かるかもしれない、なんて。
そんな風に思ってしまったのは、きっとアコもまた、奏のチョコレートを食べてさびしくなったからだろう。
「……それは、あのチョコレートが、わたしたちのために作られたものじゃないから?」
「えっ?」
響が、アコの言葉に虚を突かれたような顔をした。 - 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:16:01.47 ID:r7gPq1G00
- 「あのチョコが、わたしたちのためじゃなくて……王子先輩のために作られたものだったから?」
「…………」
響は無言で考え込むようにして。
「……そう、なのかな」
「少なくともわたしは……だからきっと、少しだけさびしかった」
「さびしかった?」
「うん。嫉妬、っていうのかな。なんか、奏が遠くに行っちゃうみたいで」
アコの言葉に、響がまた考え込むような仕草をする。
真剣な顔をしているときの響は、少しかっこいい。髪が長くてとてもきれいな容姿は文句なしの美少女だ。
けれど今は、ピアノを弾いているときの響とは少し違う。
今の響は、それこそキュアメロディと同じように、なんだかとっても、かっこいい。
「……嫉妬、かぁ。そうかもね」
やがて響は笑うように息を吐いて、ふっとアコにほほえみかけた。それは、さびしそうな笑みだったのだけれど。
「響……?」
「……明日、楽しみだね」
「う、うん……」
少しも楽しみじゃなさそうな響の言葉に、アコはうなずくしか、できなかった。 - 21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:16:59.29 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「ねえ、あなた」
「うん?」
メイジャーランド、王宮。
国を統べる王と女王が骨休めする憩いの場の、中庭。
仕事の間に優雅なティータイムとしゃれ込むその場は、まったくのふたりきり、夫婦水入らずだ。
「知っているかしら? 人間界には、バレンタインデーというイベントがあるらしいのよ」
「バレンタインデー? なんだ、それは?」
「ふふ、なんでも、」 アフロディテがいたずらっぽく笑う。「女の子が好きな人にチョコレートをプレゼントする日なんですって」
「ほぅ……? それはまた、なんというか……メルヘンな日なのだな」
「ふふ♪ そうね」
結婚して何年にもなる自慢の妻だが、メフィストにはときどきこの妻のことが分からなくなる。
今も笑顔でご機嫌な妻の考えていることは、なにひとつ分からない。
――簡単に言えば、年甲斐もなく相手にドキドキしているのだ。
(み、身も蓋もない……まぁ、その通りだが)
「あなた? どうかなさって?」
「い、いや、何でもない。それで、そのバレンタインデーがどうかしたのかな?」 - 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:19:13.06 ID:r7gPq1G00
- 「ああ、そうだったわね。それで……」
美人で自慢の妻が、そっと足下から何かを取り出した。
「……?」
「少し早いけど、これ、あなたに。ハッピーバレンタイン、なんてね」
「お……おお! これは、ありがたいな……」
渡されたのは、少し小洒落たラッピングの箱。
けれどとってもかわいらしくて、アフロディテの趣味がうかがえる。
「……と、とっても嬉しいよ、アフロディテ。ありがとう」
年甲斐もなく、なんて言葉、今ばかりは使わなくてもいいだろう。
好きで、たまらないのだから。
目の前で、テーブルをはさんで向かい合う、妻のことが。
目の前で、頬を染めて、恥ずかしそうにはにかんでいる、相手のことが。
好きで好きで、たまらなく愛おしいのだから。 - 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:21:07.96 ID:r7gPq1G00
- 「……思えば、お前には苦労ばかりかけたな。愛想を尽かされてもいいようなものだが……」
洗脳されていたとはいえ、一度は敵対したふたり。
「何を言いますか。私の夫は、あなただけですよ」
何度も危機に瀕したふたり。
「アフロディテ……」
娘もいる、いい年をした夫婦だけれど。
「……ああ、ありがとう。愛しているよ、アフロディテ」
けれどそんなふたりも、今ばっかりは、ただの恋する男の子と女の子だ。
せめて、少しくらいはいいだろう?
少しフライング気味のバレンタインデー。
その、チョコの受け渡しの、間ぐらいは。
「はぁ……」
けれどその影で、ため息をつく鳥が、一羽。
「アフロディテ様にメフィスト様……そろそろお仕事なんですが……なんて、言える空気じゃないですよね」
物陰に隠れ、ひっそりと。
そんな甘い空気が過ぎ去るのを、待つしかなかった。 - 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:21:46.51 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「――それじゃあ張り切って! チョコレート作り、はじめるわよー!」
「「「おーーーーー!!」」」 「ニャップーーーー!!」
翌日、奏の家。ラッキースプーンの厨房を少しだけ借りて、チョコレート作り。
(良かった。響、来ないかと思ってた……)
安心したことに、響は朝から元気いっぱいだ。
まるで昨日のことなど忘れてしまったかのように、いつもの響だ。
「まず、手作り用のチョコレートを、湯煎で溶かすわよ!」
「おー!! ……って、響!? チョコレート食べちゃダメじゃない!」
「あっ、ばれた」
エレンの声にみんなが響に注目する。
響は手作り用の大きなブロックチョコを少しだけかじっていた。
「ひぃーびぃーきぃー!」
「あひゃあ! ごめんなさい!」
幼馴染みはやっぱり、扱いを心得ている。
奏の地の底から響くような怒声に、響もたまらずチョコを手放した。 - 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:24:07.67 ID:r7gPq1G00
- 「だってぇ……なんか、フツーのチョコより濃くて、美味しいんだもん」
「そんなの言い訳にならないニャ……でも、それをたしかめなくちゃいけないニャ」
「……ハミィ?」
「はいにゃ! もちろん冗談ニャ!」
やっぱりこちらも昔なじみだからだろう。
ハミィのやんちゃは、実行される前にエレンがたしなめている。
(ふふ……このふたりとふたりは、本当に良いパートナーなのね)
今さらながら、そう思う。固い絆で結ばれた、一番の親友同士なのだろう。
不思議と、それには嫉妬しない。
むしろ、そんな四人――ふたりとふたり――と一緒にいられることが誇らしい。 - 28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:24:37.41 ID:r7gPq1G00
- 「まぁ、たしかにこの元々のチョコは美味しいのよね。カカオが濃くて、甘みもちょっぴり大人なの」
奏が解説しながら、ブロックのチョコを包丁でとんとんと切り落として、差し出してくれた。
「食べて良いの?」
「少しだけね。味わって食べてね」
アコ、エレン、ハミィ、そして自分……と配って、奏は包丁を置いてしまう。
「あ、あれ? 奏ー? 私はー?」
「……さっき食べたでしょ?」
「そ、そんなぁ……」
うなだれる響。笑う四人。けれど奏は、ぽんぽんと響の肩を叩いて、顔を上げさせる。
「はい、響の分」
「ふぇ……むぐっ」
自分が食べていたチョコのひとかけらを、響の口元に持って行く。
少し過剰なくらい驚いた響が、息を詰まらせる。
「どう? 美味しい?」
「あ……う、うん。とっても……美味しいよ」
アコには、そんな響の顔が、少しだけ赤らんでいるように見えた。 - 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:26:05.45 ID:r7gPq1G00
- チョコを湯煎して。
「きゃ……っ!!」
エレンがお湯をひっくり返して。
湯煎したチョコを型に流し込んで。
「あっ……」
響がだばぁ、とチョコを入れすぎて。
冷蔵庫で固めて。
「は……ハニャニャ!?」
ハミィが急ぎすぎて、肉球の跡がついてしまったり。
「……ふぅ。なんとかできあがったわね」
色々なことを克服して、なんとかできあがったチョコレート。
「うわぁ……」
みんなが、そしてアコまでもが、思わず感嘆の声を上げてしまうくらい。
並んだチョコレートは、きらきらと輝いて、まるで宝石のよう美しかった。 - 32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:32:46.65 ID:r7gPq1G00
- 「さ、あとはこれを綺麗にラッピングして」
そして奏が、それに勝るとも劣らないほど輝く、宝石のような笑顔で。
「バレンタインデー。大切なひとに、渡しましょう」
とてもかわいい。きっとこれは、奏のもうひとつの顔。
お姉さんぶっているのでもなく、ハイテンションな素の顔でもなく。
恋する乙女の表情。
「……?」
ふと、気が付いた。きっとそれは、偶然だろう。
「…………」
今日は普通だと思っていた。普段通りだと、勝手に確信していた。
そんな響が、まるで何かをこらえるかのように下を向いて、唇を噛んでいる。
それは、響に似つかわしくない、今にも泣き出しそうな、弱々しい表情で――
「ひび、き……?」
「――!」
だからきっと、本人もすぐに気づいたのだろう。
取りつくろうように笑みを浮かべて、顔を上げて、何事もないような顔をして。
(響……あんた……)
きっとまた、言いたいことを、飲み込んだのだろう。 - 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:40:25.06 ID:r7gPq1G00
- ――――そしてきっと、そんな風にともだちの心配ばかりしていたから。
「あ、アコ。それに響姉ちゃんたちも」
「……!」
厨房の出入り口から、声がした。
それはよく聞き慣れた、きっと、おじいちゃんを除けば、アコが一番耳にしていた声。
「そっ……奏太」
「おう。何やってんだー……って、あ、チョコ作りか」
奏太は少しだけ気恥ずかしそうに目を伏せた。
いつものように、やれくれだの、やれひとつ寄越せだの、そんなことを言いもしない。
普段から仲のいい姉と、その友達、そして、アコ。
そんなともだちの “女の子” な部分が、恥ずかしいのだ。
「奏太も、ひとつ味見する? 美味しいわよー?」
「いっ、いや……俺はいいよ」
奏の笑顔に、奏太の顔が少しだけ引きつる。
普段の “姉” からは想像もつかない “乙女” な雰囲気が、やっぱり少しだけ、怖いのかもしれない。
自分と同じように、奏太もまた、嫉妬をしているのだろうか。 - 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:43:09.00 ID:r7gPq1G00
- 「じゃあ、俺、友達んち行ってくるから!」
「あっ……車に気をつけるのよー? 夕飯までには帰ってきなさいねー?」
そして奏太は、奏の声に見送られて、逃げるようにその場から立ち去った。
「奏太……」
アコが作ったチョコレートは、4種類。
ふたつは、おじいちゃんとパパの分。
ひとつは、奏が 「作ったらきっと喜んでくれるよ」 って教えてくれた、
クラスの女の子と交換するための分。
そして、さいごのひとつは――、
(……奏太、わたしね、少しだけ大人になったんだよ)
(まだ、素直になれなくて、いつも迷惑かけてばかりだけど、)
甘い甘いチョコレート。
願わくは、自分の辛口の心を、少しでも甘くコーティングしてくれんことを。
「…………」
そんな乙女な小学生の横で、また唇をかみしめる少女がひとり。
「……私……」
アコは気づかない。エレンもハミィも気づかない。
大親友の奏も、気づいてはあげられない。
誰より強くて、誰より頼もしい、そんな女の子が。今にも泣き出しそうなくらい弱っている、そのことを。 - 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:46:56.44 ID:r7gPq1G00
- 「ピィー! ピィー!!」
「…………」
奏たちと一緒に楽しくチョコを作って、ラッピングもして、家に帰ってベッドに寝転んで。
仰向けで見つめる先、窓際に置いてあるのは、両親からもらったオルゴール。
真っ白なピーちゃんが心配そうに自分の顔をのぞき込んでいるが、それに応えることもできそうにない。
「……どうしよう。すごくドキドキしてきた」
なんでもないことだ。
エレンとハミィだって言っていた。この世界には、義理チョコというものもある。
友チョコという言葉だってある。
アコが、友達であるみんなのために、チョコレートを作って、渡す。
ただそれだけのことだ。だから、何も悩む事なんてない。あるはずない。
「……なのに、どうしてなのよぉ」
見つめる先にあるチョコレートは、4種類。
パパへのチョコレートは、エレンとハミィに届けてもらう手はずになっている。
おじいちゃんへのチョコレートは、みんなと一緒に渡す約束だ。
クラスのみんなへのチョコレートは、明日学校で渡せばいいだろう。
じゃあ、最後のひとつは? - 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:49:03.66 ID:r7gPq1G00
- 「……奏太にひとつだけ大きいのあげる、って……」
想像してみる。結果など、一秒と経たずにはじき出された。
「だめだめだめ! みんなにからかわれるに決まってる! 奏太だって迷惑よ、きっと」
恋する少年少女は、他に何も見えなくなるわりには、意外と冷静だったりする。
「渡すとしたら、あとで呼び出して……うわ、なんかそれって……すごく」
想像して、今度もやっぱり、一秒も経たずに呻いてしまう。
あまりにも、気恥ずかしすぎて。
「な、なんて言って渡すの? 好きです、とか言っちゃうの? むりむりむり!」
ならば、
「はい、ってただ渡すだけ? だめよ、それじゃなんか、本当にただの友チョコみたいじゃない」
いや、
「でも、そもそも、そういうつもりなんじゃ……あーもう! どうしたいのよ、わたし!」
考えなんてまとまらない。
だって、勢いのままにチョコレートを作って、勢いのまま今に至るのだから。 - 41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:50:34.37 ID:r7gPq1G00
- 「……ダメだわ。明日考えましょう」
結局、悩みは明日に持ち越して。
ピーちゃんにそっとおやすみの一撫でをして、パチンと電灯を消した。
「……そういえば、響……どうしたんだろ」
まとまらない考えを隅においやって、思い起こされたのは友達のこと。
唇をかみしめて、悔しそうな顔をしていた響のこと。
「どうしてあんな悲しそうな顔をしてたのかしら」
響に似つかわしくない……なんて言ったら、失礼だろうか。
そういえば、とふと思い出す。
「響……ひとつだけ、大きなチョコを作ってたよね」
響のことだから、ひとつだけ余分に作って、自分用にするのかな、なんて思っていたけれど。
でも響は、そのチョコレートにもきれいなラッピングを施していた。
それこそ、一番凝った、上等なラッピングを。
「あれ、誰にあげるんだろ。もしかして、響も好きな人がいるのかな」
だからあんなに浮かない顔をしていたのだろうか。けれど、あれはそんなに生やさしい表情ではなかったような。
考えても答えはでない。響のことは響のことだ。彼女は誰より強いから、きっと大丈夫。
「……寝よう」 - 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:52:49.12 ID:r7gPq1G00
- バレンタインデー当日。
まるで世界から平穏が消え去ってしまったかのような騒々しさ。
けれど不思議と心安らぐ、そんな騒々しさ。
幸せいっぱいの一日。
「……はぁ」
悲喜こもごも。きっとそれも、幸せのひとつ。
アコもやっぱり落ち着かなくて、少しだけ沈んだ気持ちで学校に向かっていた。
ランドセルの中には、2種類のチョコレート。
友達に配る用のと、誰かさんにあげるためのものだ。
前者は少しだけ恥ずかしい。けれど、少しだけ楽しみだ。
後者はかなり恥ずかしい。けれど、とっても……楽しみでもある。
(あいつ、どんな顔するかな。喜んでくれるかな。それとも……)
ただし、楽しみな分だけ、不安も大きい。
たとえお姫様であったって、伝説の戦士であったって、少し大人びていたって。
怖いものは、怖い。
とっても怖いし、不安だ。もし、喜んでくれなかったら……――、
「――おーい、アコー!」
「!」 - 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:58:12.99 ID:r7gPq1G00
- 「そ、奏太……」
「おう、おはよう、アコ」
「うん。おはよ」
後ろから駆け寄ってきたのは、まぎれもない不安の対象。
奏太はなんでもないような顔で、アコの横に並んだ。
「…………」
少しの沈黙。気まずくなるような仲ではないはずなのに、今ばかりはとっても、気まずい。
今、渡してしまおうか。
回りには誰もいないし、いつ渡そうと違いはない。
今、渡してしまおうか。
「なあ、アコ」
「! な、なに?」
虚を突かれて、奏太の言葉に驚いてしまう。
跳ねる鼓動をおさえつけて、必死に平静を装って応じる。
「姉ちゃんさ、今日、王子さんにチョコレート、渡すのかな?」
「えっ……? あ、ああ……そうね。きっと渡すんじゃないかしら」 - 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 21:58:53.54 ID:r7gPq1G00
- 学校では、他の女子がたくさんいて渡せないから、と奏が笑っていたのを思い出す。
たしか、放課後、アコのおじいちゃんに渡してから渡しに行くと言っていた。
「ふぅん」
聞いたわりには興味なさそうに。
けれど複雑な顔をして。つまらなそうな顔をして。
「……ふふ」
「な、なんだよ」
そんな奏太の顔に、アコは思わず笑ってしまっていた。
「……ううん。なんでもない。奏太って、やっぱりお姉ちゃんっ子なんだなぁ、って」
「なんだそれ」
「奏太は、奏のことが大好きなのね」
「!? ち、ちげーよ! そんなんじゃねぇよ!」
奏太は顔を真っ赤にして否定する。
そんなことをしても説得力が無いと、どうして分からないのだろう。 - 48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:00:44.97 ID:r7gPq1G00
- 「いいじゃない。わたしには兄弟っていないから、うらやましいわ」
「あっ……」
奏太は男の子らしい男の子で、けれどとっても素直な良い子だ。
だから、アコの気持ちにもしっかり共感できるのだろう。
そんなところも、大好きなのだから、アコはそれをしっかり知っている。
「……でも、うっとうしいだけだぜ?」
「そんなこと言って、奏が王子さんに首ったけで寂しいくせに」
「……否定は、しないけどさ」
奏太はいたずらっ子で、腕白で、活発な男の子だ。
でも、自分自身の気持ちを分かっている。
だからこそ、メイジャーランドから人間界にやってきたばかりで不安だったアコのそばに、いてくれたのだろう。
ずっと自分のことを、見守って、ときには励ましたり助けたりしてくれたのだろう。
だったら自分も、その想いに準じなければ。報いなければ。
でなければ、メイジャーランド王女の名がすたるというものだ。
「……ねえ、奏太――」
「――なあ、アコ。ひとつだけ教えてくれ」
「えっ……?」 - 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:03:13.72 ID:r7gPq1G00
- とっても、めずらしいことだった。
奏太が自分の言葉を遮ってまで、何かを聞こうとするなんて。
奏太の必死な様子に、アコは自分の言葉を飲み込むしかなかった。
「……なに?」
「響姉ちゃんなんだけどさ……チョコ、いくつ作ってた?」
「は……はぁ?」
「いや、いくつ作ったかじゃ分からないな。頼む、教えてくれ。誰のために作ってた?」
「誰のためにって……」
どうして奏太がそんなに必死そうな顔でそんなことを聞くのか、まったく分からなかったけれど。
べつに、答えてはいけないことでもない。
「お父さんと、わたしのおじいちゃんと、ともだちの分と……ああ、あと奏太にも作ってたと思うわよ?」
「他には? なんか、特別なチョコレートを作ってたりはしなかったか?」
「うーん……あっ」
思い起こされたのは、響がひとつ、特別にラッピングを施していた、あのチョコレート。
「……うん。ひとつ。大きいの作ってたけど」
「そっか……やっぱりな」 - 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:05:55.48 ID:r7gPq1G00
- 奏太は何か合点がいったかのように頷いた。
「……けど、それがどうかしたの? っていうか、奏に聞けば良かったじゃない」
「聞けるわけないだろ。姉ちゃんになんて……」
「?」
わけが分からない。奏太が何を知っていて、何を考えているのか、皆目見当がつかない。
「……ま、いいや。それより、話さえぎってごめんな。何だ?」
「えっ……あ……その、」
ずるい、と思う。
覚悟を決めて、踏ん切りつけて、ようやく話を切り出せると思ったのに。
そうやって話を催促されてしまっては、逆に言いづらいではないか。
「……なんでもない」
「? そうか? ならいいけど……」
まだ、時間はある。休み時間中にちょっと呼び出してもいいだろう。
だからそれきりアコは何も言わず、奏太と学校に向かった。 - 51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:09:57.00 ID:r7gPq1G00
- 何が、「休み時間中にちょっと呼び出してもいいだろう」 なのだろうか。
「むぅ……」
アコがじーっと見つめる先には、奏太……と、女子多数。
「南野くん、はい、これ」
「ああ……サンキュー。ありがとな」
「南野くん、私のも受け取って」
「おう。ありがとよ」
「南野くん南野くん」
「あ、ああ……ち、ちょっと待ってくれ持ちきれない!」
「…………」
とっても、おもしろくない。
何をでれでれしているのだ、奴は。
何が持ちきれない、だ。あの馬鹿は。
「……むかつく」
とってもとっても、おもしろくない。 - 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:11:49.31 ID:r7gPq1G00
- いつまでもそうしていても仕方がない。
奏太がああなら、こっちは違う目的を果たしておこう。
「あ、あのさ、」
「? 調辺さん?」
アコは少し緊張しながら、小分けのチョコレートを持って、女子の集団に話しかけた。
奇しくもその集団はみんなでチョコレートの交換をしていて、そんなチャンスを逃せるはずがない。
「よかったら……わたしもチョコ、作ってきたから……あの……」
「本当に!? じゃあ、交換しよ!?」
「え、ええ……」
優しい女の子たち。
アコが恥ずかしさで言い出せないことを、自分たちから言ってくれる。
だからアコははにかんで、みんなとチョコを交換した。
甘かったり、少し苦かったり、アーモンドが入っていたり、ロシアンルーレットがあったり。
どれもこれもみんなの気持ちがこもっている、とっても美味しい友チョコだ。
「調辺さんのチョコ、美味しーい!」
「ほ、ほんと? ありがとう。嬉しい」
――チョコを作って、本当に良かった。 - 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:21:56.21 ID:r7gPq1G00
- 結局なんだかんだで、一番大きなにはチョコを渡せないまま、放課後。
「「「音吉さん! ハッピーバレンタイン!」」」
「お、おお……すまんのう。ありがとう」
調べの館に集まって、みんなでチョコレートを渡す。
なまじ近しい間柄だからこそ、アコだけ少しだけ恥ずかしくて。
「……はい、おじいちゃん。ハッピーバレンタイン」
「ああ。アコも、ありがとう」
けれど、渡したチョコレートを、おじいちゃんは本当に嬉しそうに受け取ってくれた。 - 56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:24:30.94 ID:r7gPq1G00
- 「……さて、それじゃ、私とハミィはメイジャーランドに行くわね」
「ニャ!」
「うん。パパとママによろしくね、エレン」
「ええ。この預かったチョコレートは、しっかりメフィスト様に渡しておくからね」
調べの館の外。生み出された鍵盤の橋が、メイジャーランドへ向かって伸びていく。
軽やかに手を振って、エレンとハミィは気軽にメイジャーランドへと飛び立った。
「気をつけてねー!」
「ありがとう! 奏、がんばってねー!」
「が、がんばれって……もう、エレンったら」
手振っていた奏が、真っ赤になってうろたえる。
何を今さら照れているのだろうなんて呆れるけれど、よく考えてみれば、自分も同じ穴の狢だろうか。
「……行っちゃったね。でも、アコは良かったの? 行かなくて」
「……うん。わたしはいいの。パパとママには、今はいつでも会えるから」
それを言ってしまえば、誰かさんになんて毎日会っているのだけれど。
それはそれとして、年に一回のバレンタインデーだ。
せっかくなら、パパよりも誰かさんの方に、手作りのチョコを手渡ししたいではないか。 - 57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:26:49.66 ID:r7gPq1G00
- 「……じゃあ、私、そろそろ行くね。王子先輩に、ピアノの練習の後に会う約束をしているの」
奏は顔を真っ赤にして、聞いてもいないことまで口にした。
奏もやっぱり、不安なのだろう。
「響も、アコも、誰かに渡すチョコがあるんでしょ? ふたりも、がんばってね!」
「そっ、そんな……がんばることなんて、べつに……」
「…………」
奏の言葉に狼狽したのは、アコだけだった。
響は黙りこくったまま、寂しそうに、迷うように、目線を泳がせている。
「響?」
「…………」
「……響?」
奏の言葉にも、アコの問いかけにも、反応しない。
響らしくない。本当の本当に、響らしくない。 - 58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:28:28.22 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「…………」
たとえば、大好きなひとがいたとして。
たとえば、その大好きなひとと、ずっと喧嘩をしていたとして。
たとえば、その大好きなひとと仲直りできて。
たとえば、その大好きなひとと、大きなことをひとつ、やり遂げて。
絆が深まったなんて、勝手に思ってて。
けれど、“彼女” には、他に大好きなひとがいて。
(……ああ、そうだよね。わたし、ずっと逃げてただけなんだ)
響はここにきて、ようやく思い至った。
どうして、奏が王子先輩の話をするとき、興味が持てなかったのか。
どうして、王子先輩の話をする奏に対して、嫌な想いを抱いていたのか。
どうして、奏が王子先輩のために作ったチョコレートを、食べたくなかったのか。
――どうして、こんなにもこころがかき乱されているのか。
(わたし、ずっと……奏のことが……)
「?」
ジッと見つめる先には、可憐で、おしとやかで、たおやかな。
そんな、大好きな彼女が不思議そうな顔をしている。 - 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:30:44.58 ID:r7gPq1G00
- 「……ねえ、奏」
「うん? なぁに、響」
震える指が握っている、手提げ袋。
そこに、ひときわ大きく作った、本命のチョコレートが入っている。
それを、どうする?
渡すの? 目の前の、大好きなひとに。
これから、大好きなひとにチョコレートを渡しに行く、彼女に。
渡せるのか、自分は?
「…………」
「……?」
自分らしくないなんて分かっている。でも、どうしようもないじゃないか。
奏は優しくて、響の言葉を待っていてくれている。
となりのアコは、心配そうに自分を見つめている。
大切な、自慢の、仲間たち。
そんなふたりに、これ以上心配をかけたくないのだから。
「……が、がんばってね」
「え……? あ……」 奏は、にっこりと笑って。「……うん!」
ああ、情けない。
自分がたまらなく、情けない。 - 61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:34:19.85 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「……響、大丈夫?」
「……うん」
調べの館で、学校へ向かう奏と別れて。
いつかの帰り道と同じ、響とふたりきりの帰り道。
けれど響はあのときとは比べものにならないほど、落ち込んでいた。
「ねえ、どうしたの?」
「…………」
「……奏が王子先輩にチョコレートを渡すことが、そんなに寂しいの?」
「…………」
響は黙したまま、アコに目線を向けた。
「……アコはさ、好きなひと、いる?」
「えっ? な、なによいきなり……」
「お願い。教えて」
響が、茶化す成分など微塵も感じさせず、弱々しくそう続けた。
だからアコも照れる気持ちをおさえて、答えた。
「……いるよ。だから、あとひとつ……渡さなくちゃ」 - 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:35:36.83 ID:r7gPq1G00
- 「そっか。アコはすごいね。強いや」
そんなこと……と言い返そうとして、やめた。
今の響はたしかに、弱々しくなっていたからだ。
「……ねえ、響。響は、それ……その、チョコレート、誰かに渡すの?」
「……ううん。渡さないよ。渡せなく、なっちゃった」
アコには、響の言葉の詳しい意味は分からない。
けれど、渡せないという気持ちは、痛いほど分かる。
だって、自分もやっぱり、誰かさんにチョコレートを渡せていないのだから。
「気持ちは分かるけど……でも、渡したいんでしょう?」
「そりゃあ、渡したいよ。でも……」
響はそれきり、また黙りこくってしまった。
「……ねえ、響。わたし、これからこのチョコレートを、渡しに行くつもりなの」
「うん。がんばって」
立ち止まって、響と向かい合う。彼女らしくない、本当に彼女らしくない、さびしげな笑顔。
気づけばアコは、続けて言葉を紡いでいた。
「……わたしね、奏太に渡すつもり。奏太に、本命のチョコレートを、渡すつもり」
「へぇ」 響が少しだけ驚いたような顔をした。「そうなんだ……うん、がんばってね」 - 63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:39:01.42 ID:r7gPq1G00
- 「ありがと、響。ねえ、響も……」
「……うん。でも、無理だから」
「無理なんかじゃ、ない!!」
気づけば、叫んでいた。
「無理なんかじゃ……ないもん」
それは誰に向けての言葉だったのだろう。
少なくとも、響だけに向けた言葉ではなかった。
「……あきらめたら、それでおしまいだよ。誰かに渡したいっていう気持ちも、消えちゃうよ」
「…………」
「言わないでよ。響が……わたしが憧れている、響が……キュアメロディが!」
「……っ」
「そんな情けないこと、言わないでよ!」
「…………」
くるりと背を向けて、アコは駆けだした。
もう、響の顔を見ていられなかった。
とても勝手なことを言ってしまった。きっと、傷つけてしまった。
後悔と、色々なきもちがないまぜになって、だからアコは、逃げるように、その場から去った。 - 64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:42:56.12 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「……情けないこと、か」
その場に残された響は、けれどやっぱり、さびしい笑顔のまま。
さびしい、気持ちのまま。
「ごめんね、アコ。結局、心配かけさせちゃってたんだね」
自分は強くなんかない。アコの方が、よっぽど、強い。
自分はだって、このチョコレートを渡すことも、できなかったのだから。
「……本当に、わたしらしくないや。強いなんて、思ってなかったけど……こんなに弱かったんだ、わたし」
「――――よかった。らしくないって、自覚はあったんだな」
「えっ……?」
物陰から現れた小さい影。
響がよく知っている、弟のような男の子。
「奏太……」
「ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、声かけそびれちゃって」
奏太は腕白だが、まじめでひたむきな男の子だ。言ったとおり、盗み聞きするつもりはなかったのだろう。 - 65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:45:25.05 ID:r7gPq1G00
- 「あ、アコ……」
話を聞いていたというのなら、奏太はアコの言葉も……
「……聞いちゃったよ。でも、今はそれより、響姉ちゃんのことだ」
奏太は頬を赤らめながら、続けた。
「そ、それよりって! そんな言い方――」
「――じゃあ、“無理” なんていうのも、よくないと思うけど?」
「うっ……」
いつからこんなにさかしくなったというのだろう。
思い起こせば、奏がおもしろおかしくなるにつれて、弟の奏太がしっかりしてきたような気がする。
「響姉ちゃん、俺は全部分かってるんだよ。だって、誰より傍で、響姉ちゃんと姉ちゃんのこと、見てきたから」
「や、やめて!」 響は、気づけば耳をふさいでいた。「それ以上……言わないで……!」
「逃げるなよ! どうして……どうして、渡してねえんだよ、そのチョコ!」
「だって!」
「だっても何もないだろうが! 響姉ちゃんはずっと……姉ちゃんのことが、好きだったんだろうが!」
「……っ!」 - 66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:47:48.90 ID:r7gPq1G00
- 耳をふさいでいても、聞こえてしまう。
だから響は、自然と流れてきた涙で濡れる、両目で。
奏太を、力の限り睨み付けた。
「……怖くなんて、ないよ」
けれど、奏太は辛そうな顔で、言葉を続けた。
「そんな悲しそうな響姉ちゃん、怖くないよ」
「…………」
響は、手提げの袋を開いて、中に入っていた包みを取り出した。
そして、それを奏太に、差し出した。無理矢理に、押しつけた。
「……あげる。もう、わたしにはいらないものだから」
「どうしてそうなるんだよ! それ……俺のために作ったもんじゃないだろう!?」
「いいから! 受け取ってよ! もう……いらないんだから!」
「ふざっ……」 奏太の両目に、力がこもって。「ふざけんなよ、響姉ちゃ――――」
「――――――え……?」
誰かの、声と。
ぽとっ、と。何かが、地面に落ちる音がした。 - 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:52:48.82 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「あ……アコ……?」
それは、誰の意地悪だろうか。
神様がいるのなら、どうしてそんな意地悪をしたのだろうか。
「奏太……と、響……? その、チョコレートって……」
言い過ぎたって、そう思って。響に一言、謝ろうって、歩みを戻して。
そして、ようやく見つけた、響と一緒に、奏太がいた。
自分がチョコレートを取り落としたということにすら気づかず。
震える目で、響と奏太を見つめている。
――響から差し出されたチョコレートを、受け取っているように見える、奏太を、見つめている。
「そ、そっか。響、だから、元気がなかったんだ……そ、そっか……」
合点がいった。すんなりすっきり、当たり前のことのように、受け入れられた。
「響は、奏太のことが好きだったんだ。だから、わたしに、気を遣ってたんだ……」
「ち、ちが……! 違うよ、アコ!」
「聞きたくない! もう……やだ……」
世界はなんてままならないのだろう。
これが、自分たちの選んだ、幸福と不幸が入り交じる、世界だというのだろうか。
こんな切ない気持ちも抱え込んで、自分たちは生きていかなければならないのだろうか。 - 69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:55:06.76 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
引き留めるより早く、アコはチョコレートを拾い上げ、走り去ってしまった。
「奏太! 早く追ってあげて! それで、きちんと説明してあげて!」
「…………」
響の言葉に、けれど奏太は黙りこくって、自分を見つめたままだ。
「……だったら、交換条件だ。響姉ちゃんは、これを渡せ。響姉ちゃんが渡すべき相手に」
「! そ、それは関係ないでしょ!」
「だったらどうして! 響姉ちゃんに、俺にアコを追えなんて言えるんだよ!」
「えっ……」
響は、奏太が何を言っているのか分からなかった。
だって、響はアコが奏太のことを好きだって、知っていたから。
同じように、奏太もアコのことが好きだって、知っているから。
「だ、だって! このままじゃ、アコ、勘違いしたままで――」
「――どうして、勘違いだって、言えるんだよ……」
奏太が、初めて辛そうな顔をしていた。
響ひとりが辛いのではないと、響に自覚させるように。
「そ、うた……?」 - 70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:56:57.01 ID:r7gPq1G00
- 「……響姉ちゃんは、女だろう? だから、今日なら、想いを伝えられるじゃないかよ」
奏太は、絞り出すように声を出していた。
「俺は……もう、無理なんだよ。だって、誰より近くで、姉ちゃんと……大好きなひとを、見ていたから」
「奏太……うそ……だって……」
何を、言っているのだろう。
だって、奏太が、言わんとしていること、それは……。
「早く大きくなれば、見方を変えてくれるかな、なんて。“弟” みたいじゃなくなるかな、って」
奏太は自嘲するように。
「……ばかみたいだな。結局、俺はガキのままで、だからこんな風に、わけわかんないことしか言えないんだから」
「奏太……」
「……俺は男だから。バレンタインデーは、男のための日じゃないから」
けれど奏太は、やがて晴れやかな笑顔を浮かべた。
男らしく。かっこよく。本当に、強い笑顔を。
「……俺が大好きだった、俺の憧れだった、響姉ちゃん。ここで逃げたら、女がすたる、だろ?」
「…………」 - 71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 22:58:46.83 ID:r7gPq1G00
- なんて、弱いのだろう。自分は。
なんて、強いのだろう。奏太は。
自分は、なんて残酷なことを、奏太にしてしまったのだろう。
気持ちもこもっていないチョコレートを渡そうとしたなんて、絶対に許されないことだろう。
「……ごめんね、奏太」
「謝るなよ。みじめになるだろ?」
奏太は屈託なく、どうでもいいことのように笑って。
「……ほら、行けよ。そろそろ、姉ちゃんがうちに帰ってくると思うぜ?」
「……うん!」
たとえ、奏の想いが遂げられていても。
響の想いを、伝えてはいけないなんて、そんなはずはない。
身を挺してまで、自分を目覚めさせてくれた、奏太のためにも、行かなければ。
「……ありがと、奏太!」
「おう!」
ここで決めなきゃ、女がすたる。響は、ラッキースプーンに向けて駆け出した。
その手に、大好きな彼女のために心をこめてつくった、チョコレートを握りしめて。 - 72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:03:21.07 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「…………」
長い髪は、とっても女の子らしくて。
けれど、表情は凛々しくて、とってもカッコ良くて。
なんというか、中性的な美少女。
というよりは、お姉さん。
「……ははっ、ばかみてぇ」
ずっと大好きだった、憧れだった、お姉さん。
けれどずっと近くにいたからこそ、そのお姉さんの好意が誰に向かっているのか、幼いながらによく理解していた。
はねる長い髪を見つめて、奏太はひとりごちた。
「……さようなら、響姉ちゃん」
ずっと憧れていた、初恋のひとに、別れを告げて。
「そして、これからも、姉ちゃんともどもよろしくな、響姉ちゃん」
そっと、その幻影に背を向けて。
「……さて、勘違いのお姫様を迎えに行きますか」
初恋のひとのために、強くあろうと努力したその健脚で。
自分のことを好いてくれているという、奇特なお姫様を。
さぁ、探しに行こう。 - 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:09:23.67 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「セイレーン。わざわざありがとう」
メイジャーランド王室の一角。中庭のテーブルで、エレンとハミィは、国王と女王と面会していた。
けれどそれはそんなに堅苦しいものではなくて。
単純に、友達のパパママとお話をするという、そのくらいの間柄だ。
「アコったら、こんなすごいチョコレートを作れるようになったのね。これも、あなたたちのおかげね。ありがとう」
「いえ、そんな……」
アフロディテの感謝の言葉にむずがゆくなる。
自分は何もしていない。アコがどんどん成長しているのは、響と奏の影響が、とても大きいのだから。 - 75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:13:31.14 ID:r7gPq1G00
- しばらく談笑をして、やがてハミィがくいくいとエレンの袖を引いた。
「セイレーン、そろそろ帰らないと、お夕飯に間に合わないニャ」
「あ、そうね……すみません、陛下。そろそろおいとまさせていただきます」
エレンは席を立って、メフィストとアフロディテに頭を下げた。
「あら……そうね。今度は、もっとゆっくりしていきなさい」
「はい。それで、もしアコ……じゃなくて、姫様に何かお渡しするものがあれば、お預かりいたしますが……?」
「そうだな……チョコレート、美味しかったとだけ、伝えてくれるかい?」
「はい。かしこまりました」
「それから……」 メフィストは笑顔で。「“アコ” で構わんよ、セイレーン。いつまでもあの子の友達でいてあげてくれ」
「あ……はい!」
もう一度頭を下げて、エレンとハミィは王宮を出た。
「……ごめん、ハミィ。もうひとつだけ寄りたいところがあるのだけど、いいかしら?」
「もちろんニャ。でも、どこニャ?」
「ふふ……」 エレンはいたずらっぽく笑って。「それは、ついてからのお楽しみ」 - 76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:17:21.05 ID:r7gPq1G00
- 「……!? セイレーン!?」
「わっ……ハミィも!」
「おお! お久しぶりですねぇ!」
ついた先は、メイジャーランドの兵士の宿場。寮のような場所だ。
そこを尋ねて、呼び出したのは、とある三人組。
かつてメイジャーランドの三銃士……なんて呼ばれていたらしい、三人組だ。
「ええ。久しぶりね。三人とも元気そうで嬉しいわ」
「おーひさしぶりニャー!」
少しの間、他愛もない話をして。
お互いの近況を報告し合ったりして。
それからエレンは、ラッピングされた包みを三つ、取り出した。
「セイレーン、それは?」
「プレゼント。はい」
それを三銃士に渡すと、三人は不思議そうな顔をした。
「プレゼントって……でも、どうしていきなり?」 - 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:19:08.72 ID:r7gPq1G00
- 「人間界には、バレンタインデーっていうイベントがあるのよ」
「女の子が、男の人にチョコレートを渡す日なんだニャ!」
「ほほぅ。なるほどなるほど」
納得したような三人組が、チョコレートの包みを開ける。
取り出したチョコレートを美味しそうに食べてくれて、それだけでエレンは嬉しい気持ちになれる。
だから少しだけ、意地悪をしてみたくなった。
「それじゃ、ホワイトデーのお返し、よろしくね?」
「ホワイトデー? なんだ、それは?」
「バレンタインデーのお返しを、今度は男の人がする日のことよ」
「なるほど。分かりました。期待しておいてください」
胸を張る三人に、エレンはにやりと笑んで。
「ええ、期待しておくわね。ちなみに、ホワイトデーは、三倍返しっていうのが普通だからね?」
「えっ……? さ、三倍返し?」
「ええ。三倍以上にして返さなくちゃいけないの。何倍にしたかによって、男の品位が決まるのよ?」
「む……むむむ……」 - 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:20:34.43 ID:r7gPq1G00
- 予想通り、三人組は唸りながらお互いを牽制し合っている。
根がまじめな分、ノイズの不幸の力に取り入られやすかった三人は。
根がまじめな分、こうして、からかい甲斐もあるのだ。
「ふふ。じゃあ、三人でそれぞれ、がんばって用意してねー?」
「それじゃ、おいとまするニャ!」
「お、おお! セイレーン! 俺のお返しに期待しておいてくれ!」
「いやいやいや、ここは渡しのお返しに期待を!」
「ちがいますよふたりとも! ここは、僕のお返しに期待しておいてくださいね!」
「ふふ……」
そんな幸せそうな三人のすがたがとてもおもしろくって。
一ヶ月後が、とっても楽しみになってくる。
さてさて三人は、果たしてどんなお返しをしてくれるだろう。 - 79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:23:37.65 ID:r7gPq1G00
- メイジャーランドを飛び立って、ふたり並んで夕闇が迫りつつある空を駆ける。
ふと目にとまったのは、ハミィが背負っているリュック。
その中に入っているはずの、チョコレートだ。
「ねえ、そういえば、そのチョコレートは誰にあげるの?」
「ニャプ? そんなの決まってるニャ」
ハミィは得意満面の笑顔で、器用にリュックからチョコレートを取り出した。
そして、きれいにラッピングされたそのチョコレートを、エレンに差し出したのだ。
「えっ……わ、私に?」
「ニャップ! もちろんニャ! いつもありがとニャ、セイレーン」
「あっ……」 ギュッと、そのチョコレートを受け取って。「ありがとう、ハミィ」
ふとポケットを探ってみるが、もうチョコレートは残っていない。
エレンは申し訳ない気持ちで、ハミィに向き直る。
「ごめんなさい、ハミィ。私はもう、あげられるチョコレートが残ってないの」
「いいニャ。ハミィはいつも、セイレーンに世話をかけているから、そのお返しニャ」
ずっと一緒だった、ふたり。
少しだけすれ違って、離ればなれだった、ふたり。
けれど、また一緒になれた、ふたり。 - 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:25:08.17 ID:r7gPq1G00
- 「……じゃあ、こうしましょう」
「ニャプ?」
エレンは笑顔を、一番の大親友に向けた。
「ホワイトデー、期待しておいてね? ハミィに特大のカップケーキをプレゼントしちゃうんだから」
「ニャプ!? ほんとニャ!?」
「ええ、もちろんよ」
「ニャプニャプー! 期待してるニャ!」
そんなふたりが笑い合って、ぎゅっと手を繋ぐ。
「セイレーン!」
「ハミィ!」
「「大好き!」 ニャ!」
想いを伝えて、伝わって、混じり合って。
バレンタインデー。その夕暮れの空に、そんな素敵な想いが溶けていく。 - 82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:27:40.67 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
いつから好きだったのかなんて、もう思い出せそうにもないけれど。
仕方ないじゃないか。
いつの間にか、好きになっていたのだから。
「……わたし、どうしたらいいんだろう」
奏太のことが、大好きだ。
優しくしてくれたから。困ったときはいつもそばにいてくれたから。
生意気で、ガキっぽくて、けどとってもカッコ良くて。見栄っ張りなところなんて、少しだけパパに似ていて。
ときどき、頼もしくって。
気づいたら、大好きだった。
けど、奏太は人気者だ。
今日だって学校で、いろんな女の子からチョコレートをもらっていたし、それに。
「……響だって、奏太のこと……」
敵わない。敵うはずがない。
ずっと憧れていたキュアメロディ。誰よりも強かったキュアメロディ。
そんなキュアメロディの大元である、響に、敵うはずがない。
だって向こうは、小さい頃から奏太を知っている。
『響姉ちゃんなんだけどさ……チョコ、いくつ作ってた?』
奏太だって、今朝からずっと、響のことを意識していたではないか。
きっと、最初からアコに立ち入る隙などなかったのだ。
今ごろ、ふたりして自分のことを、笑っているのかもしれない。
そんなことありえないって分かっていても、いやな考えが、頭から離れない。 - 84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:30:06.98 ID:r7gPq1G00
- 「最低だ、わたし。響も奏太も、悪くないのに……とっても、悔しいって思ってる」
そんな自分がいやで、けれど考えは変えられなくて、どんどんドツボにはまっていく。
ずっとそばにいてくれた仲間たちはいない。
自分はいまは、ひとりきりだ。
自分から逃げ出したのだから、当たり前だ。
ひとりきりでさびしかった頃、いつもそばにいてくれた、大好きな彼もいない。
だって、アコが自分から逃げ出したのだから――――、
「――――よう。こんなところにいたのか」
「えっ……」
たとえ、逃げ出したとしても。たとえ、いなくなったとしても。それでも。
「探したぜ? ったく、手間かけさせるなよな」
「ど……どうして……?」
「決まってるだろ?」
たとえ、なんであったとしても、いつもそばにいてくれる、彼は。
にっこりと、彼らしい笑みを浮かべて。
「……おまえのことが、放っておけないからだよ」
かつて、ふたりのお姉さんに支えられて、伸び伸びと育った少年が。
いまや、放っておけない少女を、支えている。
初恋がやぶれて、少しだけおとなになった少年が。
目の前の弱った少女に、手をさしのべている。 - 85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:32:18.67 ID:r7gPq1G00
- 「……でも、どうしてここにいるって分かったの?」
そこは、河川敷。べつに、ふたりの思い出のの場所でもなんでもない。
「ばーか。分かるかよ」 奏太は呆れた様子で。「いろんな場所探したんだよ。決まってるだろ?」
「え……」
「アコの家。小学校。中学校。調辺の館。それから……色々! 探し回ったんだよ。もうへとへとだぜ」
べつに第六感が働いたり、運命がふたりを出会わせたり、そんなロマンチックなことはない。
ただ単純に、少年が少女のことを心配して、色々なところを走り回った結果だというだけのこと。
少年の努力が、バレンタインデーに、再び少女と巡り会う機会をもたらしたという、だたそれだけのこと。
それが少女には、とってもうれしい。
「……響は?」
「行ったよ。本命に、チョコを渡しに」
「そう……」 はっ、とする。聞き流すことではない。「えっ!? ちょっとそれどういうこと!?」
「……一から説明してやるよ。めんどくせぇなぁ」 - 86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:33:33.72 ID:r7gPq1G00
- 「……じゃあ、つまり、それって……」
アコは、奏太の話を聞いて、一言だけ呻くように呟いた。
「わたしの、早とちり?」
「大正解」
「…………」
恥ずかしいし、べつの意味でくやしい。
なんかもう、今度こそ奏太の目の前から消えてやりたい。
夕暮れ時、さらさらと流れる涼やかな川の音が、少しだけ憎たらしい。
「……悪かったわね」
「べつにいいよ。あとで響姉ちゃんにも、誤解が解けたっていっとけよな」
「うん」
と、いうか、だ。
「……あ、あのさ、奏太。どうしてわたしが逃げたか……分かってる?」
「さて、ぜんぜん皆目検討もつかないなぁ」
「…………」 しらばっくれる奏太に、聞こえないように呟いた。「……うそつき」 - 87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:35:37.94 ID:r7gPq1G00
- 「でさ、アコ」
「……何よ?」
「そのチョコ、誰にあげるんだ?」
何を今さら、分かっているくせに。
アコは意気消沈気味に答えた。
「……べつに。自分用よ」
「そうか。なら、それ俺にくれよ」
「……はぁ?」
意味が分からない。けれどそれを言い出した当の本人はといえば、
「もーらい、っと」
「あっ……」
なんていう手癖の悪さだろう。奏太はすでにアコからチョコレートを奪い取り、包みを開けている。
「…………」
返せ、なんていう気もそがれて、アコはそのまま、奏太が取り出したチョコレートを口に入れるのを見守った。 - 88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:36:12.87 ID:r7gPq1G00
- 「……うん。美味いじゃん」
「そう。それはどうもありがとう。でも、食べたんだから、ホワイトデーにはしっかりお返ししなさいよ?」
「げっ……仕方ねぇなぁ」
「三倍以上、だからね?」
「…………」
げっそりした奏太の顔に、顔が自然とほころんでいる。
気づけば、アコは普段通りの顔で、奏太と接することができていた。
「……はぁ。しょうがねぇ。特大カップケーキの練習でもしておくか」
「ふふ。期待してるからね、奏太」
「おう」 - 91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:38:18.88 ID:r7gPq1G00
- しばらく、心地いい疲労感に身をゆだねて、やがてアコはもう一度、口を開いた。
「……ねえ、奏太」
「ん?」
「来年はさ……自分から、しっかり渡すから」
そっと、大好きな彼に、笑顔を向けて。
「……そのときは、受け取ってくれる?」
「……おう!」
大好きな彼も笑ってくれたから、いまはそれだけでいい。
来年の2月14日はもう少しだけがんばって。
大好きな彼に、甘いチョコレートだけでなく、この甘い気持ちも届けられますように。 - 92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:39:46.11 ID:r7gPq1G00
- ………………………………
「…………」
とぼとぼと。それこそ、先ほどまでとはまるで正反対。
そんな風に、奏は帰ってきた。
「あ、響……」
「……おかえり」
ラッキースプーンの裏で待っていた響にも、だいぶ近づいてようやく気づいたようだった。
「はは……ねえ、響」
「うん?」
「……フラれちゃった、私」
「…………」
奏はいまにも倒れそうなくらい意気消沈していた。
本当に、王子先輩のことが好きだったのだろう。 - 93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:41:12.83 ID:r7gPq1G00
- 「……いまは、音楽に集中したいんだって。それに、憧れているひともいるから、って」
「そう……」
「……辛いなぁ。悲しいなぁ」
その手には、きれいにラッピングされたチョコレートがある。
受け取ってもらえなかったのだろう。
「ねえ、よかったら、このチョコ、食べない?」
響の目線に気づいたのだろう。奏は無理に笑って、そう言った。
「…………」
奇しくもそれは、先に響が奏太に対してした仕打ちと同じこと。
響はそれを、奏太にひどいことをした自分への罰だと思うことにして。
今すぐ奏を抱きしめたい、その気持ちをそっと押し込めて。
「……その方が、奏が楽になるのなら」
「うん。ありがと、響」
そのチョコレートを、奏から受け取った。 - 94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:41:40.52 ID:r7gPq1G00
- 「……ううん。こちらこそ、ありがとう。それから、ごめんね」
「えっ……なんで響が謝るの?」
「ううん、なんでもない。あのさ、奏」
「うん?」
「もし、よかったら……これ、受け取って?」
響は、奏にそっとチョコレートを差し出した。
それは、想いと一緒に捨てようとしたチョコレート。
自分のことを好いてくれていた少年に押しつけようとした、気持ちの結晶。
「……ふふ、ありがと、響」
その想いが、チョコレートと一緒に、きっと少しだけ、奏に伝わった。 - 95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:42:27.66 ID:r7gPq1G00
- 「ううん。ねえ、よかったら、いまから一緒に食べない?」
「いいわね。でも、愚痴るから覚悟しなさいね?」
「うへぇ。それはカンベンしてぇ」
ふたりして、笑い合って、奏の悲しみが少しだけ癒えて、響の想いが少しだけ遂げられて。
来年は、どうなるのだろう。
きっとそれは誰にも分からない。
幸福と不幸。笑顔と泣き顔。喜びと悲しみ。
それらすべてを内包したこの世界で。
それぞれの想いを抱えたまま、不器用に、けれどひたむきに。
見えない明日を、切り開いていくしかないのだから。
だから今日ぐらいは、みんなで一緒に、甘いチョコレートを食べて、甘い気持ちになって。
そうして、大きな声で、小さな声で、みんなで一緒に、祝福しよう。
『ハッピーバレンタイン!』
おわり - 96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:43:39.92 ID:Ydn+1zAL0
- 乙
- 97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:44:14.62 ID:tzuQ28Gh0
- 乙!
- 98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/13(月) 23:44:35.00 ID:r7gPq1G00
- 終わりです。
読んでくださった方、ありがとうございました。
良いバレンタインデーを。

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