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ガヴリール「月乃瀬ドロップアウト」
- 1 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:53:52.497 ID:KPGtEl8S0.net
- あ、委員長久しぶり。髪切った? 似合ってるわよ。
月乃瀬さんは変わってないって……まあ、私はそういうの興味ないから。お金もないし。
え、ガヴ? ガヴだったら外の自販機までジュース買いに行ってるけど。呼ぼうか?
必要ない? わかった。そのうち戻ってくると思うから。
同窓会っていうから早めに集まると思ってたけど、そうでもないのね。
それで最近はどうなの?
へぇ、上野さんの所のお子さん産まれたんだ。名前は?
良い名前ね。委員長も口添えとかしたの? やっぱり。どことなく委員長の気配がするもん。
私? 私は……まあ、ぼちぼちってところかな。
大学卒業して……うん、夢破れて普通に働いてる。そうそう、広告代理店。
救いっていえば、ガヴが私の居場所を確保していてくれることくらいかしら。
おかえりって凄くいい言葉なんだって、大人になって気づけたぐらいだからね。
サターニャとラフィ?
二人とも家業を継いだみたい。
でも、あの味音痴のサターニャが、大評判のケーキ作るんだもの。私びっくりしちゃった。
ラフィも経営学部の経験とか生かして、浮き沈みしながら頑張ってるみたい。
忙しそうだけど、人のエグイ所を間近で見られるって嬉しそうにしていたわ。
あの性癖、本当に死ぬまで直らないのかしらね。
二人とも結構頻繁に会うけど、わりあい元気そうだから、心配はいらないと思う。
- 2 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:54:20.211 ID:KPGtEl8S0.net
- 大学時代はなにしていたか?
あー……あんまりその辺りの話はしたくないのよね。
ちょっといろいろ拗らせていた時期があって。一年生の頃なんだけど。
聞きたいって? うん、そう言うと思った。
あ、ちょっと待って。ガヴからLINEだ。
……うわ、最低。
ああ、うん。ガヴには後輩の女の子がいるんだけど、
その子と久しぶりに会ったみたいだから、同窓会始まるまでちょっと話してくるって。
へ? 嫉妬なんかしてないわよ。……本当だってば、なんで疑うの。
天真さんが帰って来るまで、私の大学時代が聞きたい……か。
わかったわよ。このタイミングでこんなことが起こったのなら、
きっと大魔王様が私に話せって言っているに違いないわ。
……えっと、どこから話そうかしら。
かいつまんじゃえば、自分を正当化するだけの話なんだけど。 - 3 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:54:46.064 ID:KPGtEl8S0.net
- ガヴにヴィーネって呼ばれていたのはいつくらいだったかな、と考える。
寝起きの頭ではうまく記憶を発掘できなかった。
電車のつり革広告では、ニュースでやっていた芸能人の不倫が大々的に報じられていた。
線路と線路の谷を車輪が踏みつぶす度に、薄い紙ペラは燃料を無くした飛行機のようにゆらゆらと揺れる。
内臓が押しつぶされそうな圧迫感に耐えながら、溶けて固まった蝋人形のような人たちを見回す。
蝋人形と例えたけど、この人たちからしてみれば、私の方が固まって見えるのだろうか。
『次はー、○○―、○○―。お降りの際は右側のドアが開きまーす』
聞き飽きた車掌の声が聞こえて、私はドア上部に取り付けてあるモニターを見上げた。
8時30分。9時から1限目の講義が始まるから、少し急がなくちゃいけない。
「……行ってきます」
誰にともなくそう告げて、私は電車を降りた。 - 4 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:55:26.089 ID:KPGtEl8S0.net
- 大学生になってから気付いたことがある。
一人で学食のご飯を食べるときも、堂々としていれば存外注目を集めないのだ。
他の大学生と同じくお金がない私からしてみれば、お昼ご飯代が軽くなるのはとてもありがたい。
他のお店ではカレーが800円だったのに、学食だったら300円だ。
500円の差はとても大きい。1か月だけでも15000円も節約できる。
お金を溜めてやりたいことなんてないけど、
頭のなかで如何に生活費を削るかを考えていた高校時代の癖が、今になっても抜けていなかった。
トレーを返却口に流してから、私はロビーの適当な場所を陣取った。
カバンからさっきの講義で使ったノートを取り出して、要点をまとめながら脳内で授業をエミュレートしていく。
次の講義まで一時間半もあったから、ロビーは割とにぎわっていた。
周囲には二人か三人で築き上げられた小島がたくさん浮かんでいるが、私だけ離れた島嶼部と化していた。
それぞれの視界に私はいないことはわかっているが、閉じ込められたような心地になってしまう。
イヤホンでも持って来ればよかったと後悔した。
暇を持て余した生徒たちの喧騒が邪魔して、上手に集中の世界へ入り込むことができない。
お手洗でも行こうと立ち上がった。
隣のカップルが私を見る。
目的地に向かう足が、小走りになった。 - 5 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:55:59.753 ID:KPGtEl8S0.net
- 大学で一日のカリキュラムを終えると、その足で近場の飲食店へ向かった。
全国にチェーン展開してあるファミレスで、名前を言えば大体の人が「ああ、あの店か」と認識できるレベルで有名だ。
おすすめメニューはチーズインハンバーグと言えば伝わるだろうか。
日が傾いて、店内はにわかに夕食時の騒がしさを見せ始めた頃合いだった。
顔と名前しか知らないアルバイトの面々が、どこか殺気立った表情で厨房とホールを行き来している。
さっさと仕事しろよバイトが。私を一瞥した社員の笑顔が、言葉よりも雄弁にそう命令している。
飲食業界の常として、ここも人手が足りないのだ。
忙しさと行き詰った倦怠感のカクテルを強制的に飲まされ続け、厨房は常に表面化されない殺気に覆われていた。
下を向いて事務室へ向かおうとする私の姿を、店長が目聡く発見する。
アクリルで作られたみたいな営業スマイルを浮かべると、無遠慮にズカズカと歩み寄ってきた。
若干気圧されながらも、何とか会釈する。
「おはようございます」
「おはよう。えーと……あ、月乃瀬さんだ。さっそくだけどホール入れる?」
「はい」
仕事が減ることを喜んだ店長は、見るからに機嫌が回復した。
私はドアの横に引っ掛けてある鍵束のなかから事務室の鍵を探し出すと、
立てつけの悪い扉を力任せにこじ開けた。 - 6 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:56:37.157 ID:KPGtEl8S0.net
- どこからかわからないけど、事務室はペットショップみたいな臭いが漂っている。
うんざりした気分が増長させられるので、いい加減店長には芳香剤でも置いてもらいたいものだ。
顔をしかめながら、制服が収納されているクローゼットに向き合った。
掃除用具入れみたいなクローゼットには、何枚かカーディガンが並んでいた。
それでもうすぐ秋かと思い出す。
最近の私は、曜日の感覚だけは強くなるけど、今は何月だと聞かれると一瞬だけ詰まってしまっている。
気がそぞろな証拠だと毎回自分を戒めるが、効果は一向に現れなかった。
私の制服に、隣の制服の香水臭が移ってしまっていた。
このあからさまなまでに作り物の香りはあまり好きではない。
布団を干した後のお日様の香りの方が、何倍も良いと思っている。
それでも規則として決められている以上、すぐにでも首を切れるアルバイトに過ぎない私には、あたりまえだが抗う権利なんてない。
だからこんなことを考えるのも筋違いなのだ。
せめてうわべだけでもやる気を出そうと考え、ポケットからスマホを取り出した。
もう何回も繰り返した手つきでアルバムを起動すると、卒業式の写真を表示させる。
そこに映っている四人を見ると、私の身体に血が通っているのを感じられた。 - 7 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:57:23.338 ID:KPGtEl8S0.net
- 脳には千数百億個も脳細胞があるらしいが、
こうして単純作業を繰り返しているうちに大半が死んでいくのだろうなと考えると、
やっぱりもうちょっと多くてもいいんじゃないかと思う。
ホールでウェイトレスの舞踏を繰り広げ、手が空いたら洗い物を片付ける。
新人らしい女の子に流れ作業を教え、今日も欠勤したパートのおばさんの分の仕事まで片付ける。
幼い子供が眠りに就くくらいの時間になったら、ようやっと私の拘束は解かれる。
「えー……つき、あ、そうだ。月乃瀬さんだ。
今村さんの代わりに水曜夕勤入れる?」
コートを着た私のもとに、店長がやって来た。
いつになったら名前を憶えてくれるのだろう。
「すみません。その日は補講があるんで難しいです」
「そっか。じゃあごめん」
悪い職場じゃない。
昨今ニュースなんかで騒がれているノルマ問題とかパワーハラスメントなんてものはないから、
間違ってもブラックバイトなんかじゃないだろう。
ただ互いに無関心と嫌悪の空気が漂っているだけ。
人によってはそれがありがたかったりするのかな、なんて考えたりする。
もう一度スマホの写真を見てから、私は職場を後にした。 - 10 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:58:09.655 ID:KPGtEl8S0.net
- 大学からアパートまでだいたい三十分くらい電車に揺られる。
人は多くて座るスペースはないけれど、
一回だけ行ってみた渋谷とか池袋辺りの電車と比較すると、
これでもだいぶ空いている方なのだろう。
入口付近に寄りかかって、おととい買った文庫本に目を落とした。
どこかのアニメ映画の女の子が言っていたけれど、本というものは孤独の耐久値が高いらしい。
それがどういうものなのか、私は観念的にしか理解できないけれど。
活字を追っている内に眠気が頭まで登って来て、うっかり欠伸を漏らしてしまった。
化粧の濃いOLが噴き出したのが見えた。
そういえばスマホのライトには、太陽光と似たような成分が含まれていて、
長時間浴びていると眠気が上手くやってこなくなるのだと聞いたことがあった。
チラリと次の駅の表示を見てみれば、ホームタウンまで五駅ていどの時間が残っている。
スマホの電源を入れ……そこで止まってしまった。
インターネットの掲示板なんかを見る趣味もないし、話題のソーシャルゲームなんかもすぐに飽きて止めてしまった。
ウィキペディアで雑学を仕入れることは疲れ切った頭じゃ難しいし、音楽を聴くにしてもイヤホンを忘れてしまった。
消去法的にアルバムを開くことになった。 - 11 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:58:49.175 ID:KPGtEl8S0.net
- 無心で自分の足跡をスクロールする。
卒業旅行でバスに乗って、夢の国まで行った写真があった。
ダミ声で話す珍妙なアヒルにサターニャが喧嘩を売ってしまい、ちょっとした騒動になったことを思い出した。
高校時代私が暮らしていたアパートの写真があった。
もう一年近く前のことだから、とっくに新しい入居者の領域となっているだろう。
難関大学に受かったと喜ぶラフィの写真があった。
普段から食えない笑みばかり浮かべているラフィが、なんと目頭に涙を浮かべ、不器用な笑顔をつくっていた。
「……あ」
そこで、さっきの写真にたどり着いた。
卒業証書の筒を持った四人の少女が、後輩の天使が構えるカメラに向かっている。
みんな笑っていた。金髪のちんちくりんだけは、いつもみたいに仏頂面だったけれど。
次の写真。
春爛漫という三文字を具現化したかのような、満開の桜が映っていた。
私は王様の秘密を知ってしまった従者みたいな気持ちになって、アルバムを強制終了させた。
『次は~、○○~、○○~。お降りの際は左側のドアが開きます』
ホームタウンに着いた。
電源を急いで消して、スマホをポケットに仕舞う。
お米がなくなりかけていたから、ちょっとコンビニで買っていくことにしよう。
売ってたらだけど。 - 12 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:59:19.109 ID:KPGtEl8S0.net
- 「ちょっと取りたい資格が出来たんだよね。天界でさ」
卒業式の日。ガヴはふとそう言った。
「だから、うん。来週あたりで天界に帰ることにしたよ」
思わず卒業証書を落とした。
いったい私はどんな顔をしていたのだろう。私を見たガヴは苦笑すると、
「おいおい、そこまでかよ。大丈夫だって、永遠の別れじゃないんだからさ」
「でも」
「ヴィーネはさ、待っていてくれる?」
待つとは、どういうことだろう。
ただ、その時の私は、ただガヴを視界から消したくなくて手一杯だった。
だから、肯定の感情に嘘はない。
「当たり前でしょ」
ガヴは、まるで罪が許された罪人のように瞳を閉じると、
「心配しなくていいよ。あっという間だからさ」
茶化すように言うと、苦笑は微笑へ変化した。
「はやく帰ろうぜ」
ガヴは普段と変わらない様子で言ってのけると、桜並木の川を渡る。
どんどん遠ざかっていく背中を前にして、私は我知らずのうちにスマホのカメラモードを起動していた。
ガヴが視界からいなくなってしまう前に、この箱の中に収めておかなくちゃいけないという、
焦燥感に似た感覚があったのだけははっきりと覚えている。 - 13 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 03:59:57.422 ID:KPGtEl8S0.net
- カメラレンズを、小さい背丈に合わせた。
卒業式という晴れやかな日だというのに、腰まである長い金髪はボサボサだ。
幾重にも絡み合って、きっとほどくのに結構手を焼くのではないだろうか。
それは安心感だった。
最初にあったガヴだったら、きっと髪の毛が絡まるなんてことはないだろう。
天界に戻ったら、ゼルエルさんが正すのかな。
それは危機感だった。
彼女の髪を梳くのは私の日常だった。
「頼むよヴィーネ」
「仕方ないわね」
たった二言の掛け合いだけど、高校生の頃と聞かれれば、それしか答えようがなかった。
レンズを背中に合わせて、撮影ボタンに触れようとして、
とうとう私は、撮りたい者を映すことができなかった。
きっと応援したい気持ちと、寂しい気持ちがない交ぜになっていたのだろう。
引き止めればよかった。今日もそんな益体のない考えに縛られる。
懐かしい後悔の夢から目が覚めると、私の手の中には温められた金属質があった。
それが今では効力を無くした合鍵だと気づいた瞬間、
どうしようもない自己嫌悪に襲われそうになる。
かけ布団を頭から被って、ガヴの真似をしてみたりする。
やがてアラームが鳴って、月乃瀬として活動を再開しろと急かされた。 - 14 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:00:17.487 ID:KPGtEl8S0.net
- 生活をルーチンワーク化してしまえば、それは消化試合になる。
人生終了まで五十年か六十年も続く長い他流試合だ。
あ、そういえば私は悪魔だった。じゃあ人生ならぬ悪生? どうでもいいか。
私の意識は8時10分の上り快速に滑り込んだ時点で途切れ、23時15分の下り各停に乗り込んだ時点で再開される。
講義で教授は何を言っていたのかを漠然と思い出すことは出来るが、
今日という一日を私がどんな感情を抱いて生き抜いたのかはまるで思い出せなかった。
お腹が痛かったから、ゼリーでも買っていこうと決めた。 - 15 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:01:03.584 ID:KPGtEl8S0.net
- いつもの駅で降りる。見上げた空は真っ暗だったけど、地上は対照的に明るかった。
居酒屋やカラオケ、パチンコの派手な光が交錯するなか、
私はそれらから身を守るようにイヤホンを装着した。
自販機の前で立ち止まると、私が高二くらいの頃に流行った曲を再生する。
「……あら、あんた」
ふと背中を叩かれて、超反射的に振り返った。
その相手は私の反応に「うわっ」と身を引く。
赤かった髪は黄色くなって、個性的だったファッションも、雑誌を適当に開けば映っているようなものになっていても、彼女の口調と声は変わらなかった。
爪にマニキュアが塗られている。
香水の匂いが鼻につく。
吐き気がする。
自分の知っている認識と、確然とした現実の差異が、私の心に痛苦を与えてきた。
「ヴィネットでしょ。何やってんのよ、こんな所で」
「サターニャさん。どうかしたんですか」
「ああラフィ。ヴィネットよヴィネット」
「あらヴィーネさん。お久しぶりです」
やめて。
あんたはラフィのことを、『ラフィエル』と他人行儀に呼んでいたはず。
大悪魔になる夢はどうしたのよ。
なに現実に負けてるのよ。
なんで痛い行動しないのよ。
――なんで、そんなに変わっちゃったの。
考えがまとまらない。
指先から冷たい何かが侵食してくるように思える。 - 16 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:01:41.465 ID:KPGtEl8S0.net
- 「……ヴィーネさん?」
ラフィが私の顔を覗き込んできた。
香水と居酒屋特有のお酒臭さがミックスされた香りが漂って、喉の奥からひきつった音が漏れる。
歯の根が嚙み合わないのを自覚しながら、
私は親に顔色を窺う虐待された子供のように、上目使いでラフィを見た。
「ああ、あの時のままのヴィーネさんです。わかりますか、ラフィエルですよ」
「え、ええ……」
どうした。高校時代を思い出せ。
相手はサターニャとラフィだ。
普通に話せていた。普通に会話できていた。
普通に接することができていたはずだ。
ラフィは少し眉をひそめながらも、あの頃と変わらない微笑を崩さぬまま、
「それで、ヴィーネさんは今帰りですか?」
「そう、ね。そうなるわ」
「そうですか。あ、よろしければ私たちとご一緒しませんか?
実は一軒目じゃ満足できなくて」
それに対して私は、上手く言葉を紡ぐことができなかった。
形にならないおぼろげな情動だけが、私の海を荒々しく泳いでいる。
「ちょっとヴィネット、顔色悪いわよ? 大丈夫なの?」
「……大丈夫よ」
私は強がった。
愚かだと思う。 - 17 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:02:13.802 ID:KPGtEl8S0.net
- 結果として私は、乾燥した『私』の上に、ヴィーネとしての人格を被ることにした。
「それで一軒目って? ……あんたら、未成年なのに飲酒してるんじゃないでしょうね」
そうだ。ヴィーネならこう言うに違いない。
自分で自分を演技するなんて、おかしな気分だ。
「そんなわけないじゃない。
飲酒騒ぎで取り沙汰されたら退学よ。たまったものじゃないわ」
「そうですよ。
サターニャさんがいろいろな居酒屋でスイーツを食べてるだけです」
「意外と美味しいのよ、あれ。だからヴィネットも来なさいって。
あ、もちろん強制をするつもりはないけど」
胸に何かの破片が刺さる。
強引に引っ張っていってもらいたかったと、鋭利な切っ先に記されていた。
「そ、そうね。まあ、たまにはいいかな」
「決まりですね。二軒目の目星なんかはついていますか?」
「そう急かすんじゃないわよ。あ、ロウさんの所来ていいみたい」
「じゃあ向かいましょうか。ヴィーネさん、大丈夫ですか?」
その心配には、新人バイトの面倒を見る私と同じ色の気配があって、私は頷くのが一瞬だけ遅れてしまった。 - 18 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:02:50.988 ID:KPGtEl8S0.net
- 次の店につくや否や、年老いたおばさんがサターニャとラフィに親しげに声をかけた。
二人はまるで友達にするような軽い言葉づかいであしらうと、勝手知ったる様子でカウンター席につく。
ラジコンのような動きで私も続いた。
「サタちゃん。今日はどうするの?」
おばさんが金歯を覗かせながら問う。サターニャはにやりと笑うと、
「そうね。じゃあメーラで」
「またメーラ? ファミレスのドリンクバーでも行ってきなさいよ」
「何言ってるの。ここで飲むメーラだからこそ美味しいんじゃない」
「あらあら、サタちゃんが男だったら惚れちゃってたかも」
「うわっキモッ」
私は、二人のやりとりを楽しそうに見ているラフィに触れた。
「どうしました?」
「……えっと、サターニャ、髪染めたのね」
「赤毛って目立つらしいですからね。
でも、サターニャさんもこれで余裕が出来たらしいですから、良かったです」
「ラフィは、染めないの」
「私は……そうですね、大学が太平洋のような感じで。
みんながみんな、己の舵きりをするのに精いっぱいで、他の船を注意する余裕なんてない……みたいな」
「そうなんだ。難関って聞いてたけど」 - 20 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:03:30.759 ID:KPGtEl8S0.net
- ラフィはほくほくと湯気を上げるおしぼりで軽く手首を拭くと、今度は私に水を向けてきた。
「そういうヴィーネさんはどうですか?
大学、MARCHレベルに受かったと聞きましたが」
「……うん、ぼちぼち、かな」
「……そうですか。平気そうならよかったです」
ラフィはかわいらしく笑窪をつくる。
ガヴに続いて天使らしくない純白の天使様は、似合わない慈愛を私に向けているのがわかった。
その気遣い、その優しさが、柔らかな万力のような非情さで私の自尊心を傷つけるんだ。
「で、でも! 普通に授業にはついていけてる。
上半期の成績だったら、留年した先輩を追い越してゼミの上位にいたの」
「そうですか」
「だから、ええ、ぼちぼち。
ただしい意味でそれなりにやっているってことで」
「はい」
「……あ、う」
口が勝手に動いてしまっていた。
悪戯の言い訳をする子供じゃないかと、羞恥で頬が熱くなる。
ラフィは優しい顔で私を見ていた。
金色の瞳が、優しい色をたたえていて、暖かさが身体を包み込むようだった。 - 21 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:04:22.261 ID:KPGtEl8S0.net
- 「ヴィーネちゃん、だったかしら?」
おばさんが私の前までやって来た。
サターニャとの楽しい談話が終わったのだろう。
「これサービス。あ、安心して。ウーロンハイじゃなくてウーロン茶だから」
「ちょっと、私にもサービスしなさいよ」
「サタちゃんは何回も来てるじゃない。
初見さんに優しくするのは商業の基本よ」
サターニャはむっとした表情を浮かべたが、すぐに相好を崩した。
和気藹々とした雰囲気が流れている。サターニャもラフィも笑顔で、とても楽しそう。
私一人だけが制服を着ているような錯覚に陥った。
「そうだヴィネット。私にも大学の話聞かせてもらっていいかしら」
「あ、うん」
サターニャがラフィとは反対側に座ってきた。
これで私の両腕は抑えられたことになる。
私はラフィに視線を送りつつ、なんと話すべきか、台本を必死に書き綴る。
「え……と」
「……そうね。じゃあ、私の近況から説明しましょうか」
言いよどむ私を遮ったサターニャの口調は、どことなく優しかった。
ラフィと同種の優しさ、である。
やめて、と自分のなかの何かが訴える。
容姿がガラリと変わったのに、そういうところだけサターニャを見せるのはやめて。
「……そうね。とりあえずサークルってものに参加してみたのよ。
運動系と文化系ってわかれていたから、私の特性を発揮するためには運動系の方がいいかと思って」
「――っ!」 - 22 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:04:56.097 ID:KPGtEl8S0.net
- 我慢できなかった。
私はサターニャを思い切り押しのけると、方向もわからずに走り出した。
居酒屋のドアを開くと、途端に冷たい風が逆巻いて入ってくる。
構うものかと、そのまま店を飛び出した。
背後から私の名前が飛んでくる。
ポケットに手を突っ込んで、スマホと接続されたイヤホンを耳に突っ込んだ。
ミュージックの音量を上げる。
聴覚が懐かしい音楽に支配され、周りの空間と私とが遮断された。
拍動がバカみたいに激しくなって、走っているのが苦しくなって、目をぎゅっとつぶって。
やがて開いた頃には、家の前まで着いていた。
ぽつねんと立つ電柱が、コンクリートの灰色を寂しげに照らしている。
この周辺にそれ以外目立った光源は見当たらず、世界が終わった後のような暗闇に満ちていた。 - 23 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:05:51.304 ID:KPGtEl8S0.net
- 何かが圧し折れて立っていられなくなった私は、へなへなと電柱のたもとに崩れ落ちる。
アパートは目の前だ。もう少し歩けば、暖かい布団が私を迎えてくれる。
それでも私は、全身の力を使い果たしてしまったように、その場から動くことができなかった。
全身から毒が抜け落ちるまで、なにも考えずに夜空を見ていた。
この辺りの電灯整備はおざなりだから、繁華街の方より幾分か鮮明に星のまたたきが強調されて見える。
それが地上を這う私と対称的で、意識して口元に笑いを作った。
しばらく経って、私はカメラで星を撮ろうと思い立った。
何の前触れもなくそんな考えが降ってわいたのだから、お酒のニオイで私も酔ってしまったのかもしれない。
いいや、ある意味では酔っているか。そんな自分が情けなく感じる。
自分から逃れるように、カメラを手の届かない世界に向けて構えた。
不在着信とか、メールの受信とか、LINEの通知とか、そんなものは一切なかった。
それを受けた私は、望遠鏡を覗き込むように強く撮影にのめり込もうとする。
パシャと、チープな撮影音が鳴る。
撮れた写真はとてもじゃないが褒められたものじゃなかった。
空に向かって手を伸ばしていたから、写真には手振れがガッツリ映り込んでいるし、被写体の映りも悪い。
出来の悪いその写真を消そうか迷って、ひとまずアルバムに押し込んでおくことに決めた。
ここに入れておけば、いつでも私の思うようにすることができる。
そうしておくことで、磨き続けていた独占欲のようなものが、じんわりと満たされていくのを感じた。
「……寒い」
長時間外でジッとしていたからか、身体の底から冷え込むような寒さがある。 - 24 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:06:54.920 ID:KPGtEl8S0.net
- 部屋の扉を開けると、足元に封筒が滑り落ちた。
拾い上げて差出人を見てみると、夜が一瞬で明るくなったかのような錯覚にとらわれる。
プレゼントをもらった幼子のような性急さで封筒を開けると、
模様もなにも印刷されていない、素っ気のない便箋が入っている。
私はそこに書かれている文字を、舐めるように読んだ。
文庫本よりはるかに劣った文章であったはずなのに、眠気は遠いところにあった。
『親愛なるヴィーネへ
ヴィーネ、久しぶりです。
このような手紙を書くことは初めてなので、変な文体になっていても許してください。
それなりの大学へ進学したと聞きましたが、健やかにお過ごしでしょうか。
私の方はネトゲがないので毎日死ぬほど辛いです。
唯一の娯楽と言えば、ベーゴマと偽って持ち込んだベイブレードぐらいですね。
ですが、こんな昭和な暮らしにもいよいよ終わりがやってきました。
先日、試験に合格して、見事資格を取得することができました。
もともと勉強だけを目的とした一時的な帰省だったので、そろそろそっちへ戻ろうかと思います。
そこで、みんなの近況でも話し合おうと思うのですが、いかがでしょうか。
ていうかいろんな段取りが付いていないので、早めに連絡ください。
PS.スマホ変えてないです。天界にも電波飛んでいます。じゃあなんで手紙なのかって?
ゼルエル姉さんが理不尽にスマホを簒奪したからです。不当な権力だ。
天真=ガヴリール=ホワイト』 - 25 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:07:41.818 ID:KPGtEl8S0.net
- 「あぁ、あぁぁぁ、あぁぁぁあああ!!」
私は良くわからない奇声を上げて、その便箋を思い切り抱きしめた。
くしゃくしゃになるのも構わず、何度も何度も、そこに温かくて小さい感触を呼び起こすように。
「ガヴ、ああ……ガヴ、ガヴガヴ。ガヴ……!」
これまで何回口にしたのかわからない名を、思い出を反芻するように連呼する。
その度に白湯のような口当たりのいい温もりが広がって、凝り固まっていたなにかを氷解していくようだった。
靴を脱ぐのも忘れて、私は布団に倒れ込む。
便箋を目の前に持ってきて、今一度通読した。
ガヴリールの名を穴が空くほど見つめていると、雪解け水のような涙が流れそうになっていた。
私はすんでの所で正気に戻ると、わざとらしい咳払いをした。
スマホを取り出して、LINEを起動した。
画面下の方で入力待ちのカーソルが点滅している。今はそれさえも新鮮に映った。
「やっぱり、まずは家に来てもらうべきかな」
ガヴは暮らしていたアパートを卒業と同時に解約したと聞いていた。
だとすれば一時生活の基盤とする場所が必要だろう。
いやいや待て。
生活の基盤といってもガヴがどんな資格を取ったのかまだ聞いていないから、
ってそれはLINEで訊いてみれば簡単に片付く問題で、
本当に考えなくちゃいけないのは
ガヴとどんな顔をして久闊を叙せばいいのかとかそういう問題っていうか……。
小声で喜悦を歌いながら、布団を左右にゴロゴロ転がった。 - 26 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:08:16.187 ID:KPGtEl8S0.net
- ピロリン。軽快なSEが流れる。
私は飛びつくようにスマホを起動させると、LINEを開いた。
そして、そこにあった文言で、さっきまで外で凍えていた事実を思い出すことになる。
『スマホを替えたけど、サターニャです。
度重なるLINEを無視してたわけじゃないです。
ヴィネットの気持ちを考えず、軽はずみなことをしてしまい申し訳ありません。
今後もこれに懲りず、友人付き合いを続けてくれたら幸いです』
豆鉄砲を撃たれたハトの如く、スマホと便箋を見比べる。
煌々と光を放っている端末が、いやに空疎に思えた。
髪の毛が金色になったサターニャが、頭の中に現れる。
香水の香りを漂わせるようになったラフィが、頭の中で笑っている。
頭の中で思い描いていたガヴの姿が、だんだんと崩れていく。
人工の腐臭を漂わせ、醜悪に溶解していって、遂には元の形がヒト型であったことさえ分からなくなる。
けれど、そのスライムのような粘液が、私を指差してせせら笑っているのだけが、理解を越えて理解できるのだ。
谷底へ突き落された。
咄嗟にスマホの電源を落とした。
私の周りから明かりがなくなった。 - 27 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:08:42.366 ID:KPGtEl8S0.net
- 月灯りだけでカレンダーを見遣れば、そこには高校一年生からきっちりと四年が経過している。
それはガヴリールが帰ってくるという肯綮を一突きにして、内側にたっぷりと詰まった喜びを台無しにさせた。
私は何となく、もう一度スマホを起動させる。
現実を見せつけるサターニャがそこにいた。
わかっている。サターニャは何も変わっていないのだ。
ほんの少し前に進んだだけ。
あのサターニャが生きていくため己を乗り越えた事実とは、
きっと万雷の拍手で讃えられるべきことであるはずだ。
私のような者とは無縁な、眩いばかりのシルクロード。
でも、そのサターニャを私は知らない。
ただそれだけだ。
それだけで、一人になった私のネガティブは、際限なしに膨れ上がる。
結論として、月乃瀬=ヴィネット=エイプリルはガヴに返事を出すことができなかった。
きっと私の知らないガヴが、私の知るガヴを殺すことが怖かったんだ。 - 28 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:09:17.240 ID:KPGtEl8S0.net
- 一週間が透明になった。
私と世界とを隔てる輪郭が視界の中から出ていくのも、そう遠くはないだろう。
「……」
気付けば電車に揺られていて、
私はスマホをいじっていて、
耳にはイヤホンが刺さっていて、
すっかりお気に入りになった例の曲がエンドレスで再生されている。
昨日は月曜日だと思ったのに、もう木曜日になっていた。
空が黒いのか白いのか青いのかさえ区別がつかない。
見えても、それが情報として脳に届かない。
まるで多重人格者だ。
日々を暮していくための私と、
物事を思考する自分がパックリ割れてしまったみたい。
自分の名前を、学生証を見て思い出した。 - 29 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:10:09.584 ID:KPGtEl8S0.net
- 活版印刷みたいな一日が終わって、大学戦線の補給基地まで帰って来た。
アパートには斜陽が差し込んでいて、部屋全体を真っ赤に染め上げている。
今日はバイトのシフトが入っていないので、
これからの時間はどうやって持て余した暇を潰すかを考えなければならない。
手持ち無沙汰な私は、取り敢えず勉強机前の椅子に腰を下ろした。
足からドッと力が抜けて、背もたれに身を預ける。
椅子は僅かに軋みを立てて、私の身体を受け止めた。
足を浮かせてぶらぶらさせながら、病んだような部屋を見回す。
スマホが僅かに震えた。
ポケットから取り出してみると、新着のメールが一件だけ来ている。
どうやら人妻のかおりさん(34)といやらしい遊びをするだけで、
私は三十万もの大金を手にすることができるらしい。
画面を叩き割ってやろうかと悩んでいると、時計の音が耳に浸透してきた。
舌の位置や呼吸のように、こういう類の音を意識してしまうと、しつこく付きまとってくる。
私の部屋で律儀に働き続ける壁掛け時計も同様だ。
チクタクと一定の間隔で発せられる物音は、長時間聞いていたら気をおかしくしてしまいそうだった。
私は机に視線を落とした。
棚のなかには、例の便箋が厳重に保管してある。
誰にも開かれないように、あるいは、もう開かないように。
時計を壁から外して、カバーを取り払う。
むき出しになった文字盤を前にする。
チクタク、チクタク。長針がせっせと時を刻み続ける。
「――あぁぁ!!」
私はその時生じた衝動によって、手の中の物を思い切りぶん投げた。
タンスと激突した時計は破裂したように飛び散って、
私の足元にネジなのかボルトなのかよくわからないパーツが飛んできた。 - 30 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:10:26.174 ID:KPGtEl8S0.net
- ふと私の脳内に、逃げてしまおうというワードが浮上してきた。
ガタンゴトンという走行音が、いつもより大きく耳朶を叩く。
電光板へ視線をやれば、次の駅は大学の最寄り駅だ。
「……」
迷いがなかったことに驚いた。
今日はこのままサボってしまおう。
そうやって自分を甘やかした瞬間、周りの空気が軽くなったのを感じた。
力を入れた後のような、涼しい脱力感に襲われる。
つり革を握っていなければ、その場にくずおれていただろう。
私は検索エンジンを起動させると、舞天駅までのルートを調べ上げた。 - 31 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:10:52.817 ID:KPGtEl8S0.net
- 前髪を拭き上げる横風には、ほんの少し潮の香りが混じっていた。
ホームに降り立った瞬間、私の中に去来したのは隔世の感だった。
まだこの地を離れてから一年も経っていないはずなのに、どうしてそういう風に思ったんだろう。
それほどまでに、私が舞天に焦がれていたということなのだろうか。
駅の電光掲示板を見てみると、時刻はちょうど昼に差し掛かる頃だった。
VIEWのATMを探してお金を引き下ろす。
家賃と生活費以外は使い道に乏しかったので、バイト代と仕送りとで三十万近くも貯まっていた。私もガヴみたいに最新のゲーム機でも買ってみようかなと検討する。
もちろん、やりたいゲームなんてない。調べる気力もない。
将来の夢でお菓子作りなんかをしていた時期もあったが、最後にしたのはいつだったかな。
靴底がコンクリートを踏むたびに、感情が撹拌されるようだ。
みんなで歩いた通学路。ガヴと、私と、サターニャと、ラフィ。たまにタプちゃんも一緒だった。きっとこの道には、私たちの残滓が今でも残っている。
私は自分の影を辿るように、舞天の街を歩き回った。
私が住んでいたアパートは、工事用のネットに覆われていた。元々が古い建物だったし、耐震工事でも施工するのだろうか。もしくはコンビニかパチンコ屋でも建つのか。
なんとなくその場を追われたような気がして、足早に自分の古巣から立ち去った。
そういえば、庭に何かの苗を植えた覚えがあったが、あれも撤去されてしまったのか。
ごめんね、と口内で謝った。 - 32 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:12:15.727 ID:KPGtEl8S0.net
- サターニャが住んでいたマンションまでたどり着く。
あの娘はなんやかんや言っても悪魔的な行いばかりしていたので、仕送りはとても多かったのだ。
……まあ、そのぶん魔界通販で散財していたから、
魔界とサターニャとで奇妙な循環が出来ていたりしたんだけど。
途中でジュースを買った。
一年生の最初の頃、ガヴが糞不味かったと愚痴っていた餅入りのオレンジジュースだ。
たしか名前はもっちりオレンジ。頭どうにかしてると思う。
「……うわ、酸っぱ」
とても飲めたものじゃない。
ただ、捨てるのも忍びなかった。
美味しくない料理を強引に飲み込む要領で、鼻をつまんで内容液を食道へ流し込む。
お餅の粒が引っかかって盛大にむせ返ってしまった。
ラフィのマンションを見上げる。
綺麗な外観をしていて、なるほど地上に降りた天使が住まうのなら、こういう清潔なイメージのある建物がいいだろう。
どうせ入れないだろうと入口前に立つと、透明なガラスは左右に開いて来訪者を歓迎した。
瀟洒でエレガントな造りの内観を、美術館のそれのように眺めて回る。
ふと、ドキリとした。
郵便受けに、『白羽』という文字があったのだ。
呼び出しボタンを押しそうになった指を慌てて引き戻した私は、間抜けな空き巣みたいに周囲を見渡して確認する。
誰もいない。私が怖がった天使様の姿もない。
大急ぎで踵を返して、マンションを後にした。
清掃も行き届いていて、私には綺麗すぎる場所な気がしたのもある。
少し卑屈過ぎるかな、と思った。 - 33 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:12:59.155 ID:KPGtEl8S0.net
- お昼をファストフード店で済ませた私は、舞天高校の前に立っていた。
時刻的に、今は六限目の授業をやっているころだろう。グラウンドには体操服を着た生徒たちの姿が見えた。
プラスチックのバットと、テニスボールみたいなボール。
ソフトボールだろうか。
そういえばガヴはほとんど体育に出てなかったけど、どうやって体育の単位を取得したのだろう。
一応必修科目で、取らないと卒業はおろか進級さえできなかったはずだけど。
まああの天使のことだ。どうこうしてルールの穴なんかをついたに違いない。
向かいの壁に寄りかかり、懐かしい校舎を見ながら思い出に沈む。
走馬灯のように、高校の三年間が凝縮された映像として脳裏を滑って行く。
「……月乃瀬先輩?」
その声が自分を呼んでいるんだと気づいた時、私の意識は現実世界へ引き戻された。
顔を上げると、そこにいたのはとても懐かしい姿。
相変わらず季節感を無視した、ヒーローのようなマフラーは巻いているみたいだ。
「――タプちゃん」
三年のリボンをつけた千咲=タプリス=シュガーベルが、そこにいた。 - 34 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:13:34.964 ID:KPGtEl8S0.net
- 「よくおめおめと顔を出せたものですね」
開口一番、タプちゃんはそんなことを言う。
「タプちゃん……?」
「白羽先輩から聞きました。
天真先輩からのメッセージを無視したり、胡桃沢先輩に酷いことをしたって」
「ちが」
弁解しようとして、言葉に詰まった。
それがどういう情動によるものなのか、私は理解ができなかった。
「天真先輩、とっても悲しがっていたらしいです」
「……違う」
やっと言葉に出来た否定は、消えかけの炎のように力ないものだった。
「胡桃沢先輩も、自分を責めたらしいです」
「やめて」
「白羽先輩も。
……あの白羽先輩が、自分が悪いんじゃないかって泣いてました」
「やめて、お願いだから」
もう圧し折れた。再起は不能になっていたはずなのに、
ぬかるんだ地面に散らばった断片が、正しさのもと踏みにじられる。 - 35 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:13:56.424 ID:KPGtEl8S0.net
- 「月乃瀬先輩、どうしてあんなことをしたんですか」
その一言は、私の心臓部を容赦なく穿った。
それは理性という箍を木端微塵に破壊して、抑圧されていた濁流が溢れ出す。
「――どうしてですって」
私がふらふらと顔を上げると、タプちゃんは少したじろいだ。
自分がどんな顔をしているのかわからなかったけど、そんなにひどい表情をしていたのかな。
現実とは違うところで、そんなモニター越しの感想が漏れる。
「そんなの、タプちゃんには関係のない話よ」
「いいえ、先輩方の悩みは私の悩みです」
その綺麗事は、制服を着ていた頃の自分を彷彿とさせて
「――あんたに何がわかるって言うのよ!!」
気付けば私は、タプちゃんに八つ当たりしていた。 - 36 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:14:54.154 ID:KPGtEl8S0.net
- 「みんなに置いて行かれないように努力した!
化粧だってやってみた!
香水だってつけてみた!
マニキュアだって塗ってみた!」
なにも私も、大学へ入った瞬間から孤立していたわけではない。
クラスとかゼミとか、同年代の集いの常として、みんなに声をかけてまとめあげようとするリーダーがいた。
私も例に漏れず声をかけられ、グループLINEにも参加した。
何回かそのメンバーで集まって、
バーベキューとかダーツとか、そういう少し進んだ遊びをやってみたりした。
それが楽しくなかったと言えば嘘になる。
川辺で食べたお肉は美味しかったし、
私の放った矢が中央を射抜いた時には、嬉しさのあまり小躍りしちゃったくらいだから。
「でも……そんなの別に自分じゃなくたって問題ないの。
私の立ち位置に、他の誰かがいても、成り立っちゃうの」
ふと自分の足元を見てみると、そこに私が私である蓋然性はなくて、
スマホの液晶越しに振り返る私の足跡には、
ヴィーネがヴィーネでなくてはならない世界があった。
誰だって、そんな気分になる。
思春期っていう時期があるくらいなんだ。
ハヴィカーストだって、こんな心の壁を乗り越えるために発達課題なんてものを用意したんだから。
「頭がおかしくなりそうだった。
別にこいつ等は私に笑顔を向けているんじゃないって悟った瞬間、
親しみは憎悪へ変わった」
だからこれは結局、どこまでいっても私の自業自得でしかない。
――タプちゃんにもラフィにもサターニャにも、そしてガヴにも。
苛立ちをぶつける権利は、私に、ない。 - 37 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:15:25.790 ID:KPGtEl8S0.net
- 「……月乃瀬先輩」
タプちゃんが一歩、私から距離を開ける。
幼い少女を想起させる端正な童顔には、ほんの少しだけ脅えの色が滲んでいた。
ハッと気づく。
私が言っていることは、タプちゃんの質問とはなんの関係もないものばかり。
尋常じゃない表情で支離滅裂なことをのたまう人は、一言でいえば狂人だ。
またもや気づく。
下校している生徒たちが、私の顔をニヤニヤしながら見ているということに。
その構図は裁判を想起させた。
必死になって自己弁護に走る被告と、そんな狂態を遠くで観察する裁判官。
そして、悪意を持って私たちを見下ろす傍聴人たち。
魔女裁判だ。
どっちが魔女だろう。
どうでもいい。
お腹が痛い。
「月乃瀬先輩っ」
私は矢も楯もたまわず駆けだした。
ポケットの中には、やっぱりいつものイヤホン。
スマホに接続して、聞きなれた音階が脳を浸し始めた時、私は舞天から出る電車に揺られていた。 - 38 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:16:17.950 ID:KPGtEl8S0.net
- 内臓をくりぬかれたミイラのような足取りで、私は自分の巣に帰り着いた。
空は真っ黒に塗りつぶされていて、星さえ浮かんでいない。
たった一人太平洋で遭難してしまったような寂寥感が、放射線と一緒に空から降ってくる。
家の扉を開ける。
靴を脱ぎ捨てて、服も着替えないで布団の中に隠れた。
スマホの明りが煌々と布団の中を照らす。
小さい光源でも、世界そのものを狭めれば、全てを照らしてくれる。
この布団のなかが居場所になってしまった私は、だからこそ安心できる。
今日は疲れた。
心地の良い脱力感が全身を柔らかく包み込んでいる。
このまま重力に身を委ねて、眠りへと落ちて行けるのなら、きっとそれは幸せなはずだ。
罪悪感から瞳を閉じようとしたところで、ふと、視界が真っ暗になった。
「え、なんで」
戸惑いを隠せない。
深海のシェルターに大穴が空いてしまった如く、不安の海水がドクドクと侵入してくる。
「なんで、なんで!」
混乱した頭のまま、うんともすんとも言わないスマホをいじり倒す。
電源ボタンを長押ししたり、液晶をひたすら指で触ってみたり、振ってみたり、様々な試行錯誤をした。
まるで頑是ない子供のように。
スマホの充電切れという単純な結論に行きつくまで、三十秒ほどを要した。
その瞬間、掴む強い腕力が襲来する。
布団から引きずり出された私は、まるで恐喝でもされるかのように胸倉を掴まれた。
そのまま壁に叩き付けられる。
背部から伝わった衝撃で肺の中の息が漏れ出る。 - 40 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:16:44.949 ID:KPGtEl8S0.net
- 狼狽しながら瞳を開くと、そこには表情の消えたラフィがいた。
眩いばかりの翼とリング、そして決然としたものを感じさせる黄金色の瞳。
昏さばかりが濃縮された私の部屋で、ただ一点の純白として浮き彫りになっている。
神足通でも使って侵入してきたのだろうか。
玄関の方に目をやっても、開けられた形跡が見られなかった。
ただ、ラフィからはいつかの時のように香水の匂いが漂ってこない。
それだけが、私に深い安堵をもたらした。
「……ヴィーネさん」
ラフィの唇が動いた。なにかを抑圧している声だった。
「どうして逃げるんですか」
私は最初、その質問の意味がわからなかった。
逃げるって、私は別になにからも逃げていない。
日々の務めをちゃんと果たして、社会へ貢献する毎日を過ごしている。
奇しくも、昔持っていた、誰かの役に立つという夢を叶え続けているのだから。
「……逃げるって、どういうことよ」
だから、私の日常を逃避呼ばわりされるのには、いささか以上に腹が立った。 - 41 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:17:44.762 ID:KPGtEl8S0.net
- ラフィは少し力を強めた。
気道が圧迫され、息苦しい視線の交差が続く。
「言葉通りの意味です。
先日サターニャさんから逃げて、ガヴちゃんからの手紙から逃げて、今日はタプちゃんから逃げました」
「……」
「みんな悲しんでいます。
優しい子たちですから、自分に悪いところがあったんじゃないかって、ずっと悔やんでいます。
……タプちゃんは、言葉がきつ過ぎたきらいもありますが」
「あ……」
「……居酒屋の一件の後。
千里眼で、少しだけ覗き見させていただきました。
大学とアルバイト先と自宅を行き来するだけの毎日は、さぞかし辛いことでしょう。
たまの息抜きとして、久しき場所へ赴くのも、致し方ないことです」
ラフィはそこまで言うと、私をゆっくりと地面へ降ろした。
締め付けられていた部分が介抱され、堰き止められた水が流れ出すみたいに呼吸が再開する。
ラフィはゲホッと急きこむ私を、形容しがたい眼差しで見ていた。
「私はヴィーネさんが、あの頃に焦がれているのではないかと思いました」
ラフィの手のひらから、水色をした柔らかな光が漏れる。
それは私の首筋にまとわりついたと思うと、痛みをどこかへ追いやってしまった。
治癒魔法だ。
ラフィはラフィだ。
変わった部分はあるし、成長した部分もある。
けれど、ラフィエルという少女の本質は、何一つ変わっていなかった。
「違いますか?」
「……うん」
だから私は、少し肩から力を抜いてみることにする。 - 42 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:18:15.801 ID:KPGtEl8S0.net
- 洗いざらい全て吐き出してしまうと、不純物が取り除かれた胸中は、少し涼しくなった気がした。
思い返してみれば、私が自分のことについて語るのは初めてではないかと思う。
私が、私は、私の。
そういった一人称を頭につけて事象を言葉にするのは、
自分という膨大な記述を添削していくように感じられた。
ラフィは終始なにも言わなかった。
ただ首を縦に振って相槌を打ってくれるだけで、
後は真剣そのものの顔つきで耳を傾けてくれていた。
言葉と一緒に涙が出てきそうだった。
けれど、恥ずかしいから唇を噛んで我慢した。
全てを話し終えて、右手が無意識的にポケットへと伸びる。
そこにあるスマホは、もう充電が切れていることを思い出した。
「……ごめんなさい、ラフィ」
「なにがですか?」
「……私がバカだから、酷いことしちゃって」
「……」
ラフィはなにも言わなかった。
ただ、鉄壁の笑顔は崩れない。
自分をがんじがらめにしていた鎖が一束、肩から滑り落ちた気がした。 - 43 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:18:40.412 ID:KPGtEl8S0.net
- 「そうですか」
ラフィは静かに私の頬へ手をかざすと、目の下あたりに指を滑らせた。
すべすべとした指先に、一滴の水溶液が付着していた。
「では、それを踏まえたうえで、ヴィーネさんはどうしますか?」
「……どうすればいいんだろう」
サターニャとタプちゃんに謝らなければならない。いいや、目の前のこの天使にも。
そして、ガヴにも。
「……みんなに謝らなくちゃ」
「はい。それはお友達として当たり前のことです」
「え」
「その次。ヴィーネさんがどうやって動くか」
「それは……」 - 44 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:19:45.382 ID:KPGtEl8S0.net
- ラフィは私のポケットに視線を送った。
そこには、役立たずになったスマートフォンが所在なさ気に収まっている。
「このままじゃ、ヴィーネさんは辛いだけです。
ですから、現状を打破するために、ヴィーネさん自身がなにか訴えかけなければなりません」
変わるための努力という標語は、とてもいい言葉だと思う。
言っている方も、聞いている方も、等しくいい気分に浸れる。
目の前に連なる艱難辛苦を無視して、輝かしい未来の無双に浸ることができる。
絶対に挫折してしまう結果が見えていても、それを盲点へと押しやる力を持っているのだ。
「……無理よ」
みんなに謝る。それは当たり前だ。
だけど、これからをなんとかしなくてはならないと考えるのは、傲慢ではないか?
自分の喪失感とは、誰しも持っている感情だ。
日々を忙しく生きる社会人も、集団に置いて行かれないように笑顔を貼り付ける学生たちも、みんなきっと感じている。
民主主義と平等主義を掲げているこの国で、
私だけがそれらから逃れたいと考えるのは、調和の崩壊を導く。
「……だから、わたしは」
「それは言い訳ですよヴィーネさん。
この話に政治的な特色なんてありませんし、関わる余地もありません。
なによりヴィーネさんが言っているのは、もはや共産主義です」
ぴしゃりと逃げ口を塞がれた。
すっかり逃げ癖がついてしまった身体では、問題に立ち向かうのが難しい。
出遅れた罰だ。 - 45 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:20:17.019 ID:KPGtEl8S0.net
- 私は贅沢な孤独感を抱えている。
世のなかには、記号としても必要とされない人たちが大勢いるというのに、
その人たちを出しぬいて、『月乃瀬』でも『ヴィネット』でもない『私』を求めてもらいたいと考えているのだ。
でもラフィは、それを承知の上で動けと言った。
お前を救ってやれるのはお前しかいないんだと、
さながら天啓を伝える天使のように。
「……じゃあ、これは私のLINEです。サターニャさんのは……」
向こうから飛んできた。
だから持っていると伝える。
ラフィは満足げに頷くと、どこか軽い足取りでアパートの扉を開けた。
乾燥した冷たい北風が部屋へ入り込んできた。
しかし、雲が晴れたのか、一条の月明かりが私の部屋へ差し込んでいる。
それは目を凝らさないと見えないかぼそいものであったが、
しかし、しっかりとそこにあった。
「それじゃあヴィーネさん。また」
「ええ。じゃあね、ラフィ。また会いましょう」
「もちろんです」
ラフィは軽やかな足取りで自分の日常へ帰る。
私は家の前まで彼女の背中を見送った。
ありがとうラフィ。
ずっと私の友達でいてくれて。
そんな臭い台詞を、知らない内に呟いていた。
白い後ろ姿に聞こえていなければいいなと思った。 - 46 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:21:08.843 ID:KPGtEl8S0.net
- シャワーを浴びてさっぱりした頭で、私は考えた。
どうして私は、こんなにも自分だけというものに焦がれているのかを。
「……そう、よね」
どうして私がガヴの世話を焼いたのか。
それを突き詰めて行けば、答えはおのずから見える。
ヴィーネは悪魔っぽくない。
これは再三言われてきたことだ。
私はそれにささくれのようなコンプレックスを抱いていた。
悪魔の存在意義とは悪行をこなすことだ。
それに抵抗がある存在である自分が、本当に生きていていいか疑問だった時期もある。
つまるところ、私は自己評価が限りなく低かった。
だから天使という概念を抽出したような駄天する前のガヴリールに憧れて、
それから駄目になったガヴリールを世話できることに優越感を覚えていたんだと思う。
天使たらんと謳っていたガヴを監視下に置いて、
あの娘から素っ気なく求められて。
卑劣なことに月乃瀬=ヴィネット=エイプリルは自尊心と承認欲求を満たしていたんだ。
私がみんなを巻き込んで積極的にイベントを開催したのも、きっとそれの副産物。
あるいは逆なのかも知れないが、
まあ私の中にそういった汚れがあることが重要だから、
そこは深く掘り下げないでおこう。
卒業式の日、私は桜並木を行くガヴリールを写真に収めようとした。
でも私はそれを躊躇った。
それはセンチメンタルな良心から起こった、
ガヴを自由にしてあげようという気まぐれだったのかもしれない。
結局、私は耐えきれなかったわけだけど。 - 47 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:21:36.233 ID:KPGtEl8S0.net
- 空っぽになった鳥籠を見て、
私は誰からも肯定されていないと思い込むようになった。
だからスマホのなかで笑っている、大好きだった鳥たちを見て、
仮初めの物質で心の空白を埋めるようになった。
そして放した鳥が成長して、
当時の面影を残していない事実と遇して、私は傷付いたんだ。
サターニャのことを自分勝手だと思っている部分もあった。
あまりにも滑稽だ。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
あなたがたの娘は大馬鹿です。 - 48 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:22:18.609 ID:KPGtEl8S0.net
- 充電器を経由してありったけの電気を送り込まれるスマートフォン。
ホッカイロみたいに熱くなってきたのを確認すると、私は電源ボタンを長押しした。
使用率の高いアプリとして、OSが親切にアルバムを勧めてくる。
それを素通りして、私は指先をLINEへと滑らせた。
誰からも返信がなかった。
時が止まってしまったみたいに、白い連絡先だけが整然と並んでいる。
私は苦笑するべきかそうでないのか迷いつつも、画面を下向きにスクロール。
真っ先に謝罪するべき相手を見つける。
「……ガヴ」
彼女のホーム画面の画像はない。
灰色の無個性な人型が、バイト中の私のような笑顔を浮かべているだけだ。
「なんて言おうか」
ごめんなさい? 悪かった?
もしくは、会える日程が決まった?
みんなと連絡がとれた?
拒絶されたらどうしよう。
お前は無視したじゃないか。
だから私も意趣返しだ、なんて言われたらどうしよう。
ガヴが知らない女の子に変わっていたらどうしよう。
彼氏なんか作っちゃって、
すっかり年頃の少女になっていて、
そういうのに疎い私を見下してきたら。
さまざまな恐怖が錯綜する。指先が凍り付く。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。 - 49 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:22:48.613 ID:KPGtEl8S0.net
- それはとりもなおさず、自分のお腹を自分で解剖するようなものだった。
きっと、バックンバックンって跳ねている心臓が、過剰供給された血液と共に出てくるはずだ。
鼻息があらくなって、鳩尾の当たりに圧迫感を覚えて、視界が何重にもぶれる。
ガヴリールと表示されるボタンが、まるで核のフットボールに思えた。
押そうか逡巡する私は、差し詰め合衆国大統領か。
バカバカしい妄想で、少し落ち着きを取り戻す。
「うわっ!」
そこで、虚を突くようにスマホが鳴り響いた。
知らない番号からの着信。
「は、はい……」
おっかなびっくり電話に出た私を出迎えたのは、同郷の出身者だった。
『……ヴィネット。久しぶり』
「サターニャ……」
どこか潜むようなその声で、居酒屋の記憶を想起した。
罪悪感の刃が、古傷のかさぶたを剥がそうとする。
「……えっと」
『今から会えないかしら。
住所はラフィから聞いた。
近くのミニストップにいるから、よかったら、来て』
サターニャは一方的にそう告げると、さっさと電話を切ってしまった。
私は脱ぎ捨てた上着を拾い上げた。 - 50 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:23:39.473 ID:KPGtEl8S0.net
- 常夜灯の明りを伝うように歩いて、住宅街へ折れ曲がる交差点へ出る。
自動車のハイビームが薄闇を裂きながら道路を駆けって、私の生活空間とはまるで別世界のように思えた。
深夜にコンビニへ足を運ぶことは少なかったから、少し意外に思えた。
へたっぴなカラオケが聞こえてくる居酒屋を通り過ぎると、
壁に寄りかかってスマホと向き合うサターニャの姿があった。
髪の毛は金色のままで、服装のセンスも居酒屋から変わっていない。
けれど、私に向けられたその表情をつぶさに見てみれば、
やはり彼女は他ならないサターニャ本人なのだとわかる。
サターニャはゆるりと立ち上がると、着の身着のままで歩いてきた私の姿を見る。
私は意識して猫背を直した。
「……ヴィネット。あんた寒くないの? もうじき十月よ?」
「ちょっと、寒いかも」
「……そう」
「コーヒー買ってくるね。サターニャもいる?」
サターニャは一拍目を丸くしたが、すぐに口元を歪めて、
「じゃあ、ブルーマウンテンを買ってくる栄誉をあげるわ」
と高飛車に言った。 - 51 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:24:25.789 ID:KPGtEl8S0.net
- サターニャ的にはどうやら微糖がよかったみたいだ。
青い缶を手渡したとき、一瞬だけ渋面を浮かべたのをみて思わず笑ってしまった。
味音痴直ったのかなと首を傾げる。
ミニストップから離れると、私たちはすぐ交差点を住宅街側へ折れた。
私からしてみれば家に帰る方向なので、若干の拍子抜け感がないわけでもない。
アパートへと戻る道に、二人分の靴音が響き渡る。昼間の残滓とでも言うべきか。
ほんの少しだけ残留する人の香りが鼻腔をくすぐった。
私は、サターニャの後ろ姿を見られていることが嬉しかった。
飲み終わったコーヒーを、サターニャはゴミ箱へ捨てる。
ガヴみたいに外すこと承知で放り投げるのではなく、わざわざ歩み寄って、それでペットボトルの方へ落とすのだ。
恍惚とした顔を浮かべているが、
どっちに落としても大抵が同じゴミ袋に収集されると言ったらどうなるのだろう。
今なら切り出せそうだった。
「サターニャ、大学はどう?」
遠くで車のクラクションが聞こえた。
彼女は自分のうなじ辺りに少し手を這わせると、
「普通。授業にもついていけないこともないし、
友達のアテに困ることもないわ」
「そっか。大悪魔になる夢、諦めちゃったんだ」
「諦めるわけないじゃない」
その返答は早かった。即答と表現してもいいくらいに。
サターニャは踵を返し、一歩こちらとの距離を詰める。 - 52 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:25:16.450 ID:KPGtEl8S0.net
- 「……諦めるわけ、ないじゃない」
「そっか。よかった」
本心からの言葉は、詰まった押し入れからやっと目的の物を引っ張り出せたような、そんな爽快感と共に舌を滑った。
「……人間関係って、まあ私は悪魔だから、そう言っていいのか微妙だけど」
サターニャは少しバツが悪そうに眉を下げ、
「環境が変わればリセットされるものでしょ? 進級然り、進学然り。
だから、そこで現実的な戦法に切り替えることにしたの。
私はそんな選択を後悔しないわ。それは失敗したということだもの。
大悪魔たるもの、失敗を成功へ転化するほどの悪魔力を持ってしかるべきだもの。
……だから、まあ華がないのは当たり前かもしれないわね。
……あんたは、そんな私を軽蔑するかしら」
「するわけない」
だって、真に軽蔑されるべきは私だから。
サターニャという女の子の表層しか見ようとしなかった、他ならぬ私だから。
「本当は高校の時点で気付いてたのよ。私浮いてるなって。
じゃあ止めればいいじゃんって思うわよね。
実際、私がそう思ったんだもの」
サターニャはゴミ箱の頭を掴み、まるで誰かさんをいじるようにゆさゆさと揺らした。
その目には、何かを受け入れた光が宿っている。
けれど、彼女のピンと伸びた背が、まだ折れていないことを如実に表していた。
「でも、私は三年のあいだ大悪魔を貫いたわ」
「それは、どうして?」
「負けた気がするからよ」
私は目の前にいるのがサターニャなのだと、自分に向けて再確認した。 - 53 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:26:13.430 ID:KPGtEl8S0.net
- 「確かに私は下界を知らなかった。
魔界だって、みんな私みたいなテンションでしょ?
私からしてみれば、大人しくて暴れようとしないヴィネットの方がおかしく思えていた」
「そう、ね」
「でも、下界って違うのよ。
どう違うかっていうと、みんなまともで、画一的だった。
えーと、なんだったかしら。ああそうだ、出る杭は打たれるって奴。
こっちの世界は、はなから個性なんて求めていないってことを悟ったとき、それはもう大ショックだったわね」
サターニャは大儀そうに首を回して、星が見え始めた夜空に視線を送る。
私がそれらにガヴを見出したように、彼女の眼精にはなにが映るのだろうか。
そうしてこちらに意識を戻すと、続けた。
「でもこっちとしては、そんなこと知らないわよ。
だから思いっきり滑って、思いっきり孤立した」
しかし、だ。
サターニャは容姿もいいし、根はとても優しく、
加えて行きすぎなきらいはあるが、とても賑やかな好人物だ。
一緒にいたら楽しいと、私たち以外だってきっと思うはず。
その気になれば、周囲からの悪い印象を払拭するのなんて容易かっただろう。
そうすれば、今みたいな顔で自嘲しなくてもよかったのではないか。
「ヴィネット、それは私にとっての敗北よ。大悪魔は負けちゃいけないの。
いつだって強く、毅然としているのが私の憧れ。
周りからの圧力に屈して自分を変えるなんて、そんなのカッコ悪いじゃない」
「今の格好とは矛盾してる気がするけど」
「ゲリラ戦よ。
まずは外面を良くして懐へ入り込み、そこから懐柔して配下を増やすの。
結構順調に進んでいるから、この私が地上を征服するのもそう遠くないんじゃないかしら」
「そっか」
サターニャが遂げたのは、変化ではなく成長だ。
小学生でもわかりそうな事実を飲み込むのに、長い時間を要した。 - 54 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:27:01.590 ID:KPGtEl8S0.net
- 思えば、サターニャはいつだって負け惜しみを言っていた。
今日はここで勘弁してあげるわと取り繕うサターニャを、冷めたような、あるいは楽しむような目で見つめるガヴ。
そんな光景を遠くから見つめる私とラフィ。時々タプちゃん。
サターニャには折れない気骨がある。
それは今になっても、サターニャという家屋を支える堅牢な大黒柱として残っている。
きっとそれを、彼女の内包的本質と呼ぶのだろう。
「……居酒屋で逃げちゃって、ごめん」
「いいのよ。あれくらいで傷付くほど、大悪魔は子供じゃないわ」
その鷹揚さと対峙して、知らない内に彼女にも支えられていた事実に直面した。
だから私は、その懐の広さに甘えることにする。
我ながらふざけた奴だと思いながら。
「さ、サターニャ!」
「なによ」
私はポケットから一枚の紙片を取り出し、サターニャへ手渡した。
首を傾げながら、しわしわで涙の痕まで付着してある気味の悪い便箋を受け取ったサターニャは、
その内容を読んでどこか安心したように微笑んだ。
「ええ、わかったわヴィネット。しょうがないから、この大悪魔も付き合ってあげる」
「まだ夢じゃなかったの?」
「……あんた意外と陰湿ね。いいじゃない、そんな言葉尻くらい」
私たちは何もいわず、LINEのコードを交換し合う。
女子大生二人が、暗い夜道で向かい合ってスマホを振っている光景は、
事情を知らない者が見たら怪しい宗教かなにかと勘違いされてしまうのではないか。
そんなことを言ってみたら、
だったら自分を教祖にしろとサターニャは笑った。 - 55 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:27:37.104 ID:KPGtEl8S0.net
- ここ数か月における目覚めとは、楽園からの追放みたいな感じだった。
夢の中で、私は高校時代に戻っている。
大切だった人たちと、面白おかしい日常を過ごしていて、三年生の卒業式を迎えると、また一年生の初日に戻っている。
そんな円で自家中毒に陥る時間は、もう終わってしまったのだ。
それでも、苦しさはなかった。
素晴らしき三年間が終わったことを、私はやっと受け入れることができたから。
だったら、ヴィーネという落ちこぼれ悪魔の行動として、次は新しい四年を始めるために奔走しようじゃないか。
私と、ガヴと、サターニャと、ラフィと、タプちゃん……他にも、新たな面々を加えても楽しいかもしれない。
そうやって考えることができるようになっていた。
だから眠りから浮き上ったとき、予想以上に頭と身体がクリアになっていて、些かばかり驚いた。 - 56 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:28:36.795 ID:KPGtEl8S0.net
- 電車内。
相変わらず登場人物を変えただけの同じニュースを発信しているつり革広告を眺めながら、
私はゆっくりとスマホを開いた。
サターニャとラフィからメッセージが来ていた。
昨日、流れで作った三人のLINEグループだ。
ガヴとタプちゃんも招待しているが、未だ返答はない。
当たり前といえば当たり前だ。
サタニキア『大学ダルい><』
ラフィエル『行かなきゃだめですよ』
ヴィネット『安心して。私も面倒』
ラフィエル『ヴィーネさんまで』
ヴィネット『ラフィも面倒でしょ?』
ラフィエル『もちろん。
私の場合は乗り換えが四回あるので、おちおち寝落ちもできません』
サタニキア『あんた神足通使えたじゃない』
ラフィエル『人目につくと天界に強制送還って決まりがあるんですよ。
実際、過去にそれで留学が取り消しになった生徒もいらっしゃいます』
ヴィネット『もう子供じゃないんだし、手続きさえすれば来られるでしょ。
ガヴだって、こっち来るって言ってたし』
ラフィエル『天界でも信用は重要ですよ、ヴィーネさん』
考えてみればあたりまえだ。
秩序と秘匿性を重んじる天界の性格上、
軽々しく神秘を行使するような阿呆を下界に送り出すメリットなんてない。
自己破産した者がクレジットカードを作れないように、
強制送還された天使は二度と下界の土を踏めないのだろう。
考えただけでもぞっとする話だ。 - 58 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:29:02.942 ID:KPGtEl8S0.net
- サタニキア『ところでヴィネットはもうガヴリールとタプリスに謝ったの?』
考えていた矢先、サターニャはずばずばと棚上げされた懸案事項に切り込んでくる。
ヴィネット『文面が思いつかない。もうちょっと待って』
ラフィエル『ガヴちゃん拗ねちゃいますよ?』
サタニキア『もう拗ねてるわよ。確実に』
ラフィエル『ヴィーネさんは色々難しく考え過ぎる傾向がありますから』
ヴィネット『どういうことよ』
サタニキア『文面から察しなさいよ。私でもわかったわよ』
ラフィエル『サターニャさんは少し卑屈になりましたよね』
サタニキア『驕りを捨てたと言いなさい。現実に即した戦略を立てる頭脳を得ただけの話』
ラフィエル『素直に現実を知ったって言えばいいのに』
サタニキア『そんなのカッコ悪い』
ラフィエル『仰る通りです』
ヴィネット『脱線が凄まじい』
我知らずのうちに表情筋が弛緩してことに気付く。
慌てて顔を引き締めるも、
隣に立っていたサラリーマンから半歩空けられた後だった。 - 59 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:29:43.095 ID:KPGtEl8S0.net
- 寝不足でも体調が悪いわけでもないのに、講義の内容は全く頭に入らなかった。
教授が話す内容が全て右耳から左耳へ流れ出て行くような感じで、九十分間が過ぎて行った。
というのも、私はガヴとタプちゃんにどうやって何を言えばいいのか、必死に思案を巡らせていたからだ。
ああでもないこうでもないとえり好みしていると、時間なんてあっという間に溶けていく。
だから厳然と一つを掴みとれるような、果断に富んだ部分が欲しかった。
そういうのはサターニャが得意だ。
彼女と正反対な私は、無論のことながら優柔不断。
軽い自己嫌悪に身を任せかけていた自分を叱る。
一年で全身にまとわりついた粘っこい自分とは、いい加減に決別しなければならない。 - 60 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:30:35.497 ID:KPGtEl8S0.net
- アルバイト中、雷に打たれたようにタプちゃんへの文面を思いついた。
私は何度も時計を確認する。まだ19時で、シフトの終わりまで2時間もあった。
「あれ、月乃瀬ちゃん彼氏でもできたの?」
「下村さん。
……そう見えます?」
アルバイトのチーフリーダーで、厨房のリーダー格である下村さんは、その観察眼を遺憾なく発揮してきた。
彼女は油をたっぷり詰め込んだお腹を妊婦のようにさすると、
「うん。だっていつもお面みたいな顔してるじゃない、月乃瀬ちゃんって。
それが今日に限って何度もチラチラ時計を見るから、何か楽しいことでもあるんじゃないかって思ったのよ」
「……彼氏とか、じゃないですけど。はい、まあ、楽しみではあります」
それと同時に緊張もしている。言うまでもないが、仕事に臨む緊張ではない。
そんなものを慣例化した毎日で維持できる人なんていない。
それはそのまま、今が日常から逸した場所にあることを意味している。
そう考えると、何かに対してざまぁみろと快哉を叫びたくなるような、そんな気分にさせられる。
……うん。結構性格は悪くなったと思う。
いや、当時から良かった自信はないけど。
そこで私はハッとした。
店長や他のアルバイトには憶えてもらっていなかった私の名前が、下村さんの脳には刻まれている。
それはヴィーネでもヴィネットでもなく月乃瀬だったけれど、私は確かにそこにいたのだ。
私が死んだ想いで耐え忍んだ一年弱も、決して時間の空費じゃなかったのだ。
私はクールぶって、熱くなる目頭を冷まさなければならなかった。 - 61 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:31:11.694 ID:KPGtEl8S0.net
- いつもと違う路線だ。
外の景色はまるで違うのだろうが、10月の21時の空は漆黒で覆われていて、
街並みを望むことが出来ないのが残念だったが。
私がいつも使っている路線と比較して人は少なく、座席に大量の空きがある。
それにも関わらず立っている学生などをよく見かけるが、彼らにはなんのプライドがあるのだろうか。
そんな益体も無いことを考えながら、私は先ほどのやり取りを見返した。
ヴィネット『話したいことがある。
これから予定がないのであれば、付き合ってくれると嬉しい』
タプちゃんから既読はすぐについた。
ただ、返信までは三十分ていどの時間を要したけど。
タプリス『わかりました。
駅前のドトールで待っています』
という簡素なやり取りに従って、私は舞天を経由する路線に乗った次第である。 - 62 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:31:44.980 ID:KPGtEl8S0.net
- 私にとってタプリスとは、ガヴリールの後輩であり、かわいらしい女の子という印象が主だった。
天真先輩とガヴの背中をついて回るその姿は、従順なペットなんかを思わせる。
犬耳と尻尾をつけたら似合いそうだなと、当時の私は考えていたっけ。
彼女はとても感情表現が豊かで、感じたことのさまざまを、脳内会議を通さず表に出してしまう。
余計なフィルターがかかっていない新鮮な感情は、触れていて楽しかった。
だから彼女が怒りをあらわにした時、私は脅えたのかもしれない。
この娘もこんな顔をするのだという衝撃と、直接だからこそ肌に感じる烈火の赤色。
ゆえに私の短慮が誰かを傷つけたという消しようのない事実が、弾丸となってメンタルを打ち抜いた。
卑劣な私は必死に逃げ道を探った。
けれど、理論的な方法でこの場を逃れる術などなかった。
だから私は逆上という手段を以てして、存在していない正当性を勝ち取ろうと躍起になった。
あの場を魔女裁判と形容したが、それはとんだ被害妄想だ。
なんてことはない。
裁判官の席に座るタプちゃんが、被告の私を粛々と裁いただけの話だった。 - 63 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:32:23.841 ID:KPGtEl8S0.net
- 冷淡な瞳で迎えられたとき、正直なところ根元からぽっきりと心が折れそうになった。
私はサイフから千円札を取り出してタプちゃんに手渡す。
タプちゃんは半眼の目を更に細めた。
「なんですかこれ」
「あー、えーっと、喫茶店代。
こんな時間に呼び出したのは悪いことだから、奢るわよ」
「……遠慮しておきます。悪魔に買収なんてされません」
私たちは二人きりになった嫁姑みたいにぎこちなくドトールに入店した。
店員からアイスカフェラテを受け取って、ガラガラの禁煙席に腰かける。
向かい会う形になった私たちだが、タプちゃんの反応は依然としてつっけんどんで、取りつく島もなさそうだった。
目さえ合わせてくれない徹底ぶりだ。
そこまでかと苦笑し、カフェラテにガムシロップを投入すると、
「……それで、現役女子高生を夜遅くに呼び出して、先輩が話したいことってなんですか」
「どうしてわざわざ事件性の高い言い方するのよ……」
「実は同性愛者なの。
私と付き合って……と言う内容なら、謹んでお断りさせていただきます。
私には天真先輩がいますから」
「そこでガヴの所有者を宣言されても……」
しかも私は同性愛者じゃない。
「……」
「どうしたんですか。小ハエが豆鉄砲くらったような顔して」
「え、ええ!? いや、なんでもないわよ!?」
違う、よね?
慌てる私を見て、タプちゃんの目が一瞬遠くなった。 - 64 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:33:52.574 ID:KPGtEl8S0.net
- わけがわからずポカンとしていると、空気が抜けるようにタプちゃんの表情が柔らかくなる。
「白羽先輩から聞きました。
月乃瀬先輩、大学が上手くいっていないんですよね」
「上手くいってないって、そんな……」
反駁しようとしたところで、口を止めた。これでは居酒屋の二の舞だ。
「……そうね。うん、多分上手くいっていない」
別にいじめられているわけじゃないし、話し相手がいないわけでもない。
講義で席が隣になったら話す子もいる。
名もなき悪意に後ろ指をさされる日々を送っているわけではない。
陰湿な嫌がらせだったり、仲間外れだったり、
そういうことをされている人たちと比べれば、
私はもったいないほど恵まれているのだろう。
けれど、それと成功とはまた違う領域にある。
成功の基準は人によってまちまちなのだろうが、少なくとも私は満たせていない。
身体の一部が欠損したような虚無感が、常に付きまとってくる。
スチューデントアパシーとは少し違うけど、色々と挑戦してみる気力は弱まっただろう。
イベントという単語に気こそ惹かれるものの、構想を練ることが億劫になっていたほどなのだから。
タプちゃんはチョコレートサンデーとフルーリーを合体させたようなドリンクを飲んでいた。
カロリーの爆弾みたいな液体が、ストローを通して吸い込まれていく。
そのことからわかるように、対応こそけんもほろろとしたものだったが、蔑むような関心は、常に私へ向けられているのだ。
話を傾聴してもらえることに安心感を覚えつつ、私は本来の目的を忘れて自分語りに没頭した。
ラフィとの件でわかったことがある。
胸のうちに溜まったものは、言葉にして吐き出せば割とスッキリするということを。
きっと言葉は全ての媒介だ。
だからガヴは手紙を選んだのだろうか。 - 65 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:34:34.145 ID:KPGtEl8S0.net
- 「それって」
タプちゃんは最後の一口をプラスチックのスプーンですくい上げる。
それを少し左右に揺らしてから、口のなかへ放り込んだ。
「ただ単に、月乃瀬先輩は寂しがってるだけなんじゃないですか。
私を私として必要としてくれる……なんて、不倫する女の人の代名詞みたいなこと言っていますけれど、
それって結局、天真先輩とかと再会したいってだけだと思います」
「やっぱりそうなのかな」
「はい。私からしてみれば、なにを遠慮しているのだろうって感じですね。
月乃瀬先輩も、天真先輩から一歩引かれたら悲しいでしょう?
感情はなにも、月乃瀬先輩だけに与えられた特権じゃないんですよ」
「……遠慮っていうか、怖かったっていうか」
「怖い?」
タプちゃんは今日初めて私の言葉にちゃんとした反応を返した。
私は意外そうにすがめられる碧眼を真正面から見据え、言葉を選びながら喋る。
タプちゃんのなかにいるガヴ達を傷つけないように。
「タプちゃんは、最近ガヴたちと会った?」
タプちゃんはスプーンを空のカップで踊らせながら、
「天真先輩とは夏休みに天界へ戻って会いました。
白羽先輩は、それ以外にも時々駅なんかで会いますね。
胡桃沢先輩は……見ません」
「サターニャ、髪染めたんだ」
「え」
スプーンの舞踏が止まる。
先端が容器にぶつかって、カコンと間抜けな音が鳴った。 - 66 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:35:24.048 ID:KPGtEl8S0.net
- タプちゃんは数回、言葉とも呼吸ともつかない音を発した。
それは彼女のなかで情報を生理し、適切な言葉を算出しようというプログラミング的な動きだった。
みんなで渡れば怖くない。
たじろぐタプちゃんを前にして、私はそんな類の安心感を得た。
サターニャは愛されているわねと皮肉とも賞賛ともつかないことを考えながら、
「けれどサターニャは変わってなかったわ。
意地っ張りなところも、上から目線で優しいところも、ぜんぶ」
「それは、よかったじゃないですか」
「うん。すっっっごく安心できた。
胸を撫で下ろすって大袈裟な言葉あるけど、あれってこういうときに使うんだって、
若干18歳にして初めて知ることができたわ」
頭の中で次に話す内容をまとめ終えた私は、手元のカフェラテを一気に吸い込んでしまうことにした。
最後のほうに、少しだけ下品な音が出てしまったことが恥ずかしくなった。
「それじゃあ月乃瀬先輩は、どうしてそんな胡桃沢先輩を恐れたんですか?」
「最初は、サターニャがサターニャなのかどうかわからなかった。
だから私はサターニャが、進んじゃった現実の権化みたいに思えたの」
「愚かですね」
「うん。自分でもそう思う。
結局、誰かを誰かと判断する指標は、外見でしかなかったのかって」
「そうじゃないです」
「え?」
タプちゃんは再びいつかの怒気を身に纏ったように感じられた。
心なしか語調が荒くなっているように思え、私は背骨に冷たい感触を得てしまう。 - 67 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:36:17.601 ID:KPGtEl8S0.net
- スプーンが入ったケースが手の平のなかで押しつぶされる。
軽い音の波が私たちの間から遠ざかって行くと同時に、タプちゃんは口を開いた。
「それって結局、月乃瀬先輩は胡桃沢先輩を信頼していなかったってことじゃないですか。
よくも悪くもいろいろなものが強すぎるあの人が、たかが周囲の圧に屈すると思いますか」
首を振る。
ガヴがグラサンと呼んでいた先生と補習を受けた時も、ゴールデンウィークの帰省中に天界の人たちから怒られた時も、サターニャは頑として自らを曲げようとはしなかった。
そんな鈍く頑丈な彼女の気骨は、あの夜私が感じ取ったように、易々とは折れないだろう。
そこで思い至った。
「……そうね。
今はこうしてサターニャを信じられるけど、あの時の私は、きっとそんなことはできなかった」
「でも私が見てきた月乃瀬先輩は、等しくみんなを信じられる方でした。
……今だから言えますけど、そんな先輩を尊敬したりしていたんです」
一瞬、目の前のタプちゃんと記憶のなかのタプちゃんがだぶつく。
そんなエラーに対し、私は時間の流れというワードで対応した。
タプちゃんも前に進む。時間は全てに分け隔てなく流れる。
有為は転変するし、万物は流転する。そういうものだ。
「今の私からしてみても、そんな月乃瀬先輩の素敵な部分は健在だと思います。
なにやらお辛い経験によってくすんでいますが、磨けばきっと純度を取り戻すでしょう」
「純度って取り返しのつくものだっけ」
「うるさい、褒めてるんだから素直になってください。
性格は確実に悪くなりました」
「昔からこうだと思うけど」
「じゃあより悪くなりました」 - 68 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:36:55.932 ID:KPGtEl8S0.net
- 頬を染めたタプちゃんはわざとらしい咳払いと共に、
「と、ともかく。私から見た限りじゃ先輩はまだ先輩なんです!」
「どういう比喩よ」
「そのままですよ。
今の先輩は、まだ心に制服を着たままだとお見受けしました」
「……タプちゃん、ポエムでも書き始めた?」
「私が書いてるのは天真先輩観察日記くらいですが」
どうしよう、ちょっと興味ある。
まあそれは置いておいて、
「……私はまだ、成長していないってこと?」
「ですです。甘ったれた寂しんぼが、やっと泣き止んだというところでしょうか」
甘ったれた寂しんぼ……。
いや、私を総合的に評価するんだったらそうなるんだろうけど。
「そんなんで天真先輩や白羽先輩、ついでに胡桃沢先輩たちの親友を名乗るなんて片腹痛いですよ。
これは持論ですけど、友人関係とはどこまでも対等でなくてはなりません。
どちらかがどちらかに寄りかかった時点で、それはもう友人というカテゴリーから逸するんです」
「意外と手厳しいのね」
「まだ許してませんからね、月乃瀬先輩のこと。謝られてすらいませんし」
タプちゃんは『先輩』を強調して言った。
謝っていないというのはハッとされられる。
そうだ、私は自分語りをするために女子高生をこんな夜遅くに連れ回しているわけじゃない。 - 69 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:37:39.544 ID:KPGtEl8S0.net
- しかしタプちゃんは予想外に上手だった。
私を制すように右手を持ち上げると、
「あ、ここで謝らないで大丈夫ですから。
言われてから起こすような行動に、誠意があるとは思えませんし。天使的に」
喉元まで出かかった「ごめんなさい」を唾液と共に飲み込んだ。
器官の方へ行ってしまい、せき込んでしまう。
タプちゃんは私にナプキンを差し出してくれる。
それを受け取って、口元を押さえた。
私の視界は膝元しか映していないから、相対するタプちゃんがどんな顔をしているのか想像もつかない。
冷然としているのか、
あるいは顔を曇らせているのか。
どちらにせよ、笑顔はあり得ないだろうなと思った。
「……ですから、先輩は早く先輩を脱してください」
「え?」
「先輩が本当にやりたいことはなんなのか、ちゃんと考えてください。
今日はそれでおしまいにしましょう」
「……」
ラフィにも、似たようなことを言われた気がする。
つくづく私は駄目な悪魔だ。
よりにもよって、二回も天使の助言を受けるなんて。
しかもそれがどっちも泣きそうになるくらいありがたくって、顔をクシャクシャにしないといけない。屈辱だ。
下を向いていて助かった。
私は鼻を啜ってから、タプちゃんに向き合った。
ほんの少しだけ微笑んでくれたように見えたのは、果たして目の錯覚だろうか。
「月乃瀬先輩は、格好つけるの似合わないですよ」 - 70 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:37:51.100 ID:KPGtEl8S0.net
- 既に時間は十一時を回ろうとしていた。
お詫びにタプちゃんを送ろうとしたけど、人気のない場所で神足通を使うから問題ないと一蹴される。
その際の断る言葉が、少し柔らかくなっていた気がした。 - 71 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:38:14.922 ID:KPGtEl8S0.net
- 現実との折衝の末、妥協した欲求の実現を、ここでは成長と呼ぼう。
お風呂で汗を流した私は、酩酊状態のような頭のまま、天井の木目を睨みつけた。
まるで、そこに書いてある答えを読み取ろうとしているように。
私がしたいこと。
私が望むこと。
そして、私が欲しいもの。
『ちょっと取りたい資格が出来たんだよね。天界でさ』
ねえ。
『大丈夫だって、永遠の別れじゃないんだから』
ガヴはなにが欲しかったの?
なにと戦って、なにを勝ち取ったの?
『親愛なるヴィーネへ』
「……」
ガヴへ送る、文面が決まった。
枕元のスマホを手に取って、電源を入れる。
ちょっと前に撮影した画像を消すと、決意じみたものが固まった気がした。 - 72 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:38:59.919 ID:KPGtEl8S0.net
- ガヴは私にないものをたくさん持っていた。
『○であるならかくあるべき』の塊であった駄天前のガヴに、悪魔なら悪逆非道であるべきに反する私は、焼けつくような憧れを抱いた。
その矢印に嫉妬の色が混ざっていないと言えば嘘になる。
ガヴが駄天したとき、やっとここまで堕ちて来てくれたという想いがあった。
同時に、彼女を助けられるのは私だけという独善的な独占欲も湧いて出た。
コツコツと貯金を積み立てるみたいな日々だった。
ガヴはだらだらと堕ちて行き、私は表面上だけ必死になってそれを食い止めるそぶりをみせた。
そんな日々は、あっという間に奇形化して、
次第に私はガヴに求められ続けることに愉悦を覚えていることに気付いた。
気付いて、無視した。
ゼルエルさんがガヴを更生しに来たとき、胸中はかなり暗い言葉で溢れていた。
視界の利かない洞窟で、頼りの松明を理不尽に取り上げられるように感じていたのだ。
私は、ガヴリールを自分のために利用していた。
それは断じて間違いではないが、もう一方の側面もあったことを、やっと理解することができた。
自覚してしまったのだから、もうタプちゃんに顔向けできない。
親愛なるヴィーネと言われたのなら、
怖いけど勇気を出して、親愛なるガヴと返そう。 - 73 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:39:39.359 ID:KPGtEl8S0.net
- 今日も学校を休むことにした。
大学は別に義務教育じゃないんだから、無断で欠席しても咎められることはない。
ただ、高い学費を払ってくれるお父さんとお母さんのことを想ったら、
良心の呵責とかそういうのが無いわけではないのだが。
ガヴから既読はすぐについた。多分一分もかからなかったと思う。
偶然スマホを見ていたのか、あるいは頻繁にチェックしていてくれたのか。
どちらかは定かではないけど、私的には後者の方が嬉しく思える。
『返信遅い』
私が数日越しに考えた内容はスパッと無視されて、
ガヴから返って来たのはそんな一言だった。
ガヴはどんな顔をして、どんな風に拗ねて、この文章を打ち込んだのだろう。
考えるだけで、身体の底から熱に似た感覚が湧き上がってきた。
早鐘を打つ胸を押さ得着けて、手の平から、自分の熱さを感じ取ろうとする。
『すごく待った。礼儀とかなっていないあたり、やっぱり悪魔だ』
私は二つの意味でニヤニヤしそうになるのを堪えながら、
若干震えている手でメッセージを入力した。
『ごめん』
『誠意が足りない。私は二週間強もまつむ』
『まつむ?』
『待った』
『打ち間違え?』
『うるさい』 - 74 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:40:23.452 ID:KPGtEl8S0.net
- 『ガヴはいまどこにいるの?』
『やっすいビジネスホテル』
『迎えに行こうか?』
『滞在費はあるからいい』
『もったいないから節約したほうがいいんじゃない?』
そこで、ラリーが少し止まった。具体的には四分前後程度だったかな。
割と気難しいあの子が機嫌を損ねてしまったかと気を揉んでいると、ふと長い英数字の羅列が送られてきた。
http/から始まっているので、なにかのURLだろう。
『なにこれ』
ガヴからの返信はない。
流石にブラクラ? とかそういう悪質なものは送ってこないだろう。いくらガヴでも。
私がサターニャだったら、まあ警戒しておいて損はないだろうが。
私は意を決してから、青く着彩されたURLに触れてみた。
画面に表示されたのは、簡素という表現を突き詰めたようなシティホテルのホームページだった。
下の方に記載されているグーグルマップを見てみれば、ここから二駅と離れていないことがわかる。
上着を羽織って、行方不明のサイフを探しながら、私は『何号室?』とだけ尋ねる。
『5-7号室』
瞬きしたら返信が来ていて、なんだか叫びたいような衝動に襲われた。 - 75 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:41:17.156 ID:KPGtEl8S0.net
- 私がホームページで睨んだ通り、ホテルの外観は薄汚れた白亜の外壁に、
コピー&ペーストで量産したような縦長の直方体だった。
そこに出入りする、年若い女性とくたびれた中年がいた。
親子か不倫かデリバリーヘルスか……いずれかの判別はつかないけど、共通して表情がそぎ落とされていた。
ジェイソンのホッケーマスクと言われても納得できてしまいそうだ。
私はそこに、数週間前の自分を見出した。
ロビーの管理は杜撰で、担当と思しき厚化粧の女は、どう考えても部外者でしかない私を見ても何も言わなかった。
それどころか目で早く行けと言っているように感じる。
見えざる壁に押し出されるようにして、私は丁度よくやって来たエレベーターに乗った。
空調が利いていないのか、やたらと暑い。
絶えず額から出てくる汗を拭くため、ポケットに手を突っ込もうとする。
だが、何回やっても上手く取り出せない。
パーキンソン病に罹患してしまったのか、手足がガクガクと震えて止まらない。
呼吸が安定しない。鼻息が荒くなったと思ったら、肺から急速に空気の塊がうちあげられる。
歯の根が嚙み合わない。
頬どころか、顔中が熱い。痛いくらいだ。
自分がどうしちゃったのか考えようとするけど、
眠たい時に本を読もうとするみたいに、思考が対象を上滑りして、上手く考えがまとまらなかった。 - 76 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:41:52.377 ID:KPGtEl8S0.net
- 5階に到着したベルと一緒に、私のなかで爆薬が炸裂した。
作りたてのロボットみたいなぎこちない動きでエレベーターを降りる。
ロビーの監視カメラには、さぞ不審な人物として映っていたことだろう。
私は意味もなくきょろきょろしながら、虱潰しに部屋番号を見て回った。
『5-7号室』が早く見つかって欲しいような、それとも永遠に探し続けていないような、微妙な気持ちだ。
五階にある部屋は全部で13部屋。思った以上に広い作りになっているのか、それとも部屋が狭いのか。
どちらでもいいが、そのぶんだけお腹の痛みに耐える時間も長引いてしまう。
『5-6号室』を見つけたとき、私はもう帰ってしまおうかとさえ思った。
新しい環境へ進むときのような、恒常化した期待と新鮮な不安とが私のなかで蜷局を撒いていて、
足を前に出すことがとても労力のいる行為に感じられたのだ。
隣の部屋だ。
『着いた』
ただ、賑やかな私の表層に反して、
驚くほど冷静にメッセージを打ち込むことができた。
『遅い』 - 77 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:42:38.110 ID:KPGtEl8S0.net
- 「どうしてヴィネットってガヴリールの世話をするの?」
放課後の教室で、ふとサターニャが聞いていた。
「あ、それは少し興味があります。
ガヴちゃんがいないから言えますけど、それなりにストレスも溜まりますよね?」
そんなラフィの言葉をタプちゃんが継ぐ。
「それは私も疑問でした。
月乃瀬先輩が全力を尽くしても、天真先輩の更生は無理だったんでしょう?
だったら、天真先輩を何とかしたいという月乃瀬先輩の目論みは失敗しているはずでは?」
言われてみればそうだ。
私にはガヴの周りを支える義理も義務もない。
それにも関わらず、どうしてこんなに甲斐甲斐しくしてあげているのだろう。
考えてもよくわからなかった。
わからなかったから、私は咄嗟に思い浮かんだ言葉を、そのまま吐き出すことにした。
「……嫌いじゃないから、かな?」
「そんなの誰だって一緒ですよ?」
「ですです」
「いえ、私は嫌いよ? だって不倶戴天の怨敵ですもの」
「もうサターニャさんは素直じゃないんですから」
「な、なによ! バカにするんじゃないわよ!
この大悪魔ともあろう者が……」
「はいはい。わかりましたわかりました」
「ムキーっ!」
バイトのガヴがさっさと帰ってしまったことを除けば、その日も教室は平和だった。 - 78 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:43:18.475 ID:KPGtEl8S0.net
- またある日、私はガヴの連絡を受けて夕飯を作りに行っていた。
私だってお金はないのに、ガヴは「ツケで」とかほざいていたので、ちょっと制裁を加えてやったりしていたかな。
その日の天気が安定しなかったのも原因かもしれない。
私が手早く作った品々を、ガヴは無表情で食べ進める。
美味しいとも不味いとも言わないが、気に入ってくれているのは、食べるスピードの速さから察することができた。
外で長く降っていた小雨が上がったようだ。
古いアパート特有の、天井を叩く音が聞こえなくなった。
「ねえガヴ、美味しい?」
「うん。不味いって言ったことないじゃん」
「それもそうね」
カチャカチャと食器と食器がぶつかる音が響く。
ガヴがPCの電源を落としているから、空調に似た駆動音も聞こえない。
私はふと、わざらしい溜め息を吐いてみた。
ガヴがちらりとこちらを向くが、すぐに目の前のピラフに戻ってしまった。
ガヴの方から、音が聞こえなくなる。
私はなんとなしにそっちの方を見る。
「……美味しいよ、ヴィーネ。いつも、助かってる」
それは笑顔というより、表情筋を無理やり吊り上げただけと言ったほうが正しかったが、れっきとしたガヴリールの笑顔だった。 - 79 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:44:01.000 ID:KPGtEl8S0.net
- 「……あ、あれ? ヴィーネ、おい、なんで泣いてるの」
珍しく慌てた様子でそんなことを言ったから、私は自分の頬に触れてみる。
そこに生ぬるい雫の感触があって、首を傾げる。
「あ、あれね。
うん、私のほうも日頃の感謝とか足りなかったと思うから、
もっと、こう頻繁に」
「違うの」
「違うって、なにが。
え、と。ともかく私がなにかしたのなら、謝るから」
ガヴが珍しく必死になっている。
そんな顔をするのはネトゲのイベントのときくらいかと思っていた。
今度は自覚できるほどの熱が目頭に集まって、ブワッと大粒が漏れ出て来た。
嗚咽もしゃくりもなにもないのに、ただ涙だけが出てくる。
頭がおかしくなったんじゃないかと疑ったけど、最近、大きく心を揺さぶられるようなことも思い当らない。
「違うの」
高校生で今よりも未熟だった私は、その時の自分を説明するための言葉が「違う」しかなかった。
だからそればかりを連呼して、ガヴを困らせることになってしまう。
「……ほら、早く食べちゃって。冷めたら、作った本人としては複雑だし」
「あ、うん。……えーと、ヴィーネ。悩みがあるなら聞くからな」
「――ありがとう」
なにが違うって、私はただただ嬉しかっただけなのだ。
ここにいてもいいよと許されて、あなたが必要だと求められて、あなたがいてくれて助かっていると感謝されて。
それはすなわち、存在の肯定に他ならなかったんだから。 - 80 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:44:37.013 ID:KPGtEl8S0.net
- 数十秒くらい、そこで立ち尽くしていたと思う。
まるで『5-7号室』の扉が私と反発する磁力を放っているかのように、前へ進むことを躊躇させていたのである。
そこにはガヴに対する様々な不安があった。
かつて抱いた不安とまるで同じそれらは、つまるところ、
私の想うガヴが消えていないかという自己中心的な猜疑心の表れだ。
サターニャとラフィと向き合って、本質が変わらない限り、それは同じ人物だということを知ったはずだ。
けれど臆病な私は、ことガヴリールに関してはそう考えることができなかった。
だけど、
いくつもの後押しをされて、私はここに立っている。
別に、自分の運命に立ち向う勇者というわけではない。
ただ、少し離れてしまった友達と再会するだけの単純な話なのだ。
どうやら、鍵はかかっていないようだった。
こういうホテルではロビーでカードキーを手渡されるのが定石だと思っていたのだが、
私がドアノブを捻ると、扉は呆気なく開いた。
不用心だと思うが、好都合でもある。 - 81 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:45:41.676 ID:KPGtEl8S0.net
- 一瞬、時間があの時まで巻き戻ったのかと錯覚した。
物が散乱した部屋に、凄い勢いで網膜を疲弊させる薄暗闇。
光源はカーテンに切り裂かれた細い光と、ガヴが操作するノートPCの明りだけ。
……もう、そんなに画面に近づいたら、目が悪くなるわよ。
そんなことを考える頃には既に、肉体は私の制御下から離れてしまっていた。
「……あのさヴィーネ。
入ってきていきなり抱き着くのはいかがなものか」
私だって自分の行動に面食らっているのだから勘弁してほしい。
「……なあヴィーネ、泣いてる所悪いけどさ、状況を鑑みたら、泣く権利があるのは私だぞ?
なんて言ったって一か月近くも放置されたんだからな?」
それは申し訳ないと思っているけど、別に私は泣いてなんかいない。
ちょっと前に急いでご飯を食べてしまったから、しゃっくりが止まらなくなっているだけだ。
なぜか喉とか胸とかが痙攣しているけど、これは断じて嗚咽なんかじゃない。
「ああもう、しゃーないなぁ」
世界がガヴだけになった気がした。
私の鼻先に、ガヴの感触が押し付けられる。
幼い子が荷物を抱きかかえるように、
ガヴは私の頭を抱擁し、
また包容してくれた。
頭上から、私を月乃瀬から解き放すような福音が降ってくる。
「……ほら、ヴィーネ。泣いていいよ」
私は悪魔なのに。
私はこんなにも勝手だったのに。
それにも関わらず一つ余さず許されてしまったのなら、
もうどんな顔をしてガヴに向き合えばいいのかわからなくなる。
優しい香りと、柔らかなガヴの全てを間近で感じる。
それだけで、残酷なほど、ガヴはガヴのままでいてくれたことが伝わってきた。
だめだ。
そう思っても後の祭り。
既に私のなかでは、何かが決壊してしまっていた。 - 82 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:46:14.138 ID:KPGtEl8S0.net
- どれくらいの間、私はガヴに受け止めてもらっていたのだろう。
暴力的な感情の渦を吐き出して、吐き出して、吐き出して。
それでもまだまだ尽きない欲求の嵐に、私は抗うことができなかった。
背骨を圧し折ってしまいかねない強さでガヴを抱きしめ返して、原子一つぶんでいいから空いている距離を埋めようとした。肉体がもどかしかった。
ガヴは――たぶん苦笑していたのだろう――「痛いよ」なんて言いながらも、私が全身でもたれかかるのを抗おうとしなかった。
もう私は火の元の近くにある火薬庫みたいな有様だった。
ガヴに頭を撫でられるたびにまた涙があふれて、
ガヴの両手の力が少し強まるたび、
心の中の器たちが充溢していくのを感じる。
それは自尊心であり、自己肯定欲求であり、ガヴリールの傍にいられるという単純明快な喜びでもあった。 - 83 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:46:51.047 ID:KPGtEl8S0.net
- まだお昼を食べていないというガヴのため、取り敢えずデリバリーのピザでも頼むことにした。
自分一人が食べるんじゃ居心地が悪いというガヴの説得に折れた私も、とりあえずシーザーサラダを注文しておいた。
後でメニュー画面を見たらグラタンなんかもあったらしくて、少し後悔した。
届くまでの間、私は取り敢えずガヴの部屋を片付けることにする。
いくらなんでも脱いだ後の下着やら靴下やらが散らばっているのは、女の子以前に人としてどうかと思う。
ホテルの部屋にはご丁寧なことに洗濯機まで設置されていたので、100円を投入してから、かき集めた布の塊を放り込んだ。
「……ガヴ、流石に片付けなさいって」
「ヴィーネにしてもらう予定だったんだよ。大幅に遅れちゃったけど」
私は返事をする気力を失った。
だけど、そうやって頼りにしてもらうことは嬉しい。
電車で席を譲ってもらった気分になる。
洗濯が終わった私は、なんとなしにガヴのPCを覗いてみた。
いつもの通りゲームキャラクターが派手なエフェクトを撒き散らしているのかと踏んでいたが、
映し出されていたのは無味乾燥とした文字の羅列だった。 - 84 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:47:26.348 ID:KPGtEl8S0.net
- 「……なにこれ。ゲームってこんなになっちゃったの?」
それとも、ストラテジーってジャンルなのかな。
ガヴは頭上にはてなマークを浮かべる私を横目で見て、あからさまな溜め息を吐くと、
「あのさ、高校卒業してゲームばっかりしてたら、それニートじゃん。
こう見えても私は社会人の一人なの。性格に言えば社会天使だけど」
それもそうだ。
っていうか、画面を見れば『魔界』とか『天界』とか書いてある。
「これは……なにしてるの?」
「ほら、魔界と天界の行き来って手続きいるじゃん。
それと、こっちでいうパスポートの発行も必要になってるんだ。
で、私はその手続きを行ってる。
パスポートセンターと検問所、それと入国審査所が合体した感じ」
「へぇ……」
そういうことは寡聞にして知らなかった。
「じゃあガヴはこの仕事に携わる資格の勉強を」
「ギリギリ滑り込めたって感じだね。二点足りなかったら切られてた。
で、ゼルエル姉さんにいろいろ斡旋してもらって、取り敢えず簡単な仕事を何件か回してもらったってところかな」
ガヴの指先は軽快にキーボードの上で踊っている。
カタカタという小気味のいい足音が、耳に染み入って、まるで実家にいるような安心感を私にもたらす。
「……資格試験、すごく難しかったんじゃないの?」
「まあ、最低でも司法試験と同レベルだよね。
私が天使学校主席じゃなかったら即死だった」 - 85 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:48:12.816 ID:KPGtEl8S0.net
- あっけらかんとそう言ってのけたので、却って現実味が重くのしかかってくる。
手紙によればゲーム機類はおろか、スマホさえ没収されていたという。
地上で液晶に囲まれることが常態化していたガヴにとって、
それらを奪われることは臓器の一部を切り取られるに等しい苦痛だったに違いない。
断腸の思いとか、そんな感じ。
あのガヴがそこまでしてでも取りたかった資格に興味が出てくるのは、あたりまえと言えた。
「どうしてガヴは、この仕事をやりたいって思ったの?」
私が質問した瞬間、耳当たりの良い音が止まった。
ガヴはすっかり顔を背けてしまって、こっちを見ようともしない。
その耳がなんだか赤くなっているような気がするのは、私の見間違いだろうか。
「……特例でさ、魔界と天界を自由に行き来できるようになるんだよ。
もちろん下界も」
絞り出すような声だった。
ガヴの耳の赤みは更に増して、その表情を正面から見ることができないのが本当に悔やまれる。
だがそれ以上に私は喜びを感じていた。
自分の周辺だけ春が訪れたかのような、随喜とまで言ってしまってもいい喜びだ。
「なに笑ってるんだ」
「笑ってないわよ?」
ガヴはどこか不服そうな顔つきで唇を噛んでいた。
そんな表情の一つ一つに、私はたまらない近さを感じていた。 - 86 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:48:47.885 ID:KPGtEl8S0.net
- 「……聞かないの?」
「え?」
これでもうこの話は終わりだと思っていたから、流石に面食らってしまう。
こっちを見たガヴは、心なしか赤くなった顔で軽くねめつけてきて、
「なんで、私がそんなもののために頑張ったのか」
「……ネトゲのため?」
「違う」
これは馬鹿げた会話だった。
たぶんだけど、私もガヴもとうに答えなんてわかりきっているはずなのに、どちらも自分の感情と真正面から向き合うことができていないだけ。
要約してしまえば、素直じゃない二人が焦れ合っているに過ぎない。
でも私は、格好つけるのは似合わないと、好きなことをやれと、負けるなと言われた。
それに、怖いけど踏み出すと決意した。
月乃瀬から解き放たれた今の私は、ヴィーネとして存在しているんだ。
「ねえ、もしかして」
「うん」
「私の、ため?」
「……」
答えはなかった。
私の服の袖がぎゅっとつままれ、
その手は私の手に降りて行って、
指の間にガヴの指が差し込まれて、
接着剤でくっつけたみたいに、強く握りしめられた。 - 87 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:49:17.912 ID:KPGtEl8S0.net
- 「……ガヴは、いつまでホテルで暮らすつもりだったの?」
「流石にもう少ししたら、不動産にでも行こうかって考えてた」
「どうして、待ってくれていたの?」
「……だって、タイミングが合わなかったらもうしわけないだろ」
ああ、いつかの自分もそんなこと言っていた。
「新しい家に呼べばよかったんじゃない?」
「……うるさいな」
「ねえ、どうしてガヴは、待っていてくれたの?」
質問を重ねるたびに、一年という時間が溶けていくような気がした。
ガヴが墜ちてきたのか、私が追いついたのか、もうこの際どうだっていい。
「……ヴィーネは。
待っていてくれるって言ってくれて、私がどんだけ嬉しくて、救われたのか。
きっとわからないだろうな」
「え?」
私はそんなことを言った記憶はない。
なにか勘違いをしているのではないか。
そんな胸中が面に出ていたのか、ガヴはまるで馬鹿をみるかのような目をして、本当に大きく嘆息する。
「卒業式の日。私が決意表明した日だよ」
「……あ」
それは本当に些細なやり取りで、ともすれば記憶から零れ落ちてしまっていてもなんらおかしくない言葉のはずだった。
けれどガヴは、いいや、それでもガヴは、そこにあった私の答えを縁にしていてくれていた。 - 88 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:50:01.815 ID:KPGtEl8S0.net
- 視界をピンク一色に染め上げんばかりの桜が想起された。
私にとってあの日とは、ガヴを引き止めることに失敗した悔やむべき忌日だったけど、
図らずも本懐を果たすことができていたわけだ。
「私は、正直なところ、自信がなかった。
自分の普段の態度を鑑みれば、
そうまでして繋ぎ止められる存在じゃないって考えていた」
奇しくもその悩みは、どこかの誰かととても似ていた。
「だから、せめてダメ元で言ってみた。待っていてくれるかって。
たぶんヴィーネは、話を合わせていてくれるだろうって睨んでたけどね」
だから、ガヴがぽつぽつと露わにする自分の患部の、
そこに苔むした微熱のような痛みを、
自分のものであるかのように感じられる。
痛みを共有できるという事実を受けて、
ジッとしていられない感覚が湧き上がってきた。
「……でも、ヴィーネは本心から私のお願いを聞いてくれた。
仕方ないなって、私の世話を焼いてくれたみたいに」
ガヴの声に少し涙の響きが加わり始めた。
だから、繋いだ手にもう一方の手を重ねた。
「……うん、つくづく駄目な天使だよな、私。
だって、そのとき、私は悪魔に救われたんだから」
その上から、更に手が乗せられた。
「駄天したとき、やってしまったって思った。
やけっぱちになっていた部分もあったんだよ、確実に。
だから私は自分を守るためには、飽きつつあるネトゲを続けるしかなかった。
ガヴリールという人物が行うであろう行動をとり続けて、お前らを必死になって囲っていた」
ガヴは不器用に、自嘲するような笑顔を作って、
「私はきっと、ヴィーネに依存していたんだ」 - 89 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:50:36.840 ID:KPGtEl8S0.net
- 私にとってガヴリールとは、居場所だったのかもしれない。
もちろん、サターニャやラフィ、タプちゃんだってとても大切で代え難い存在だ。
もしも彼女らを脅かす存在がいたとしたら、
私は全精力でそれを退ける手助けをするだろうと誓うことができるほどに。
けれど、私のなかの相関図で、ガヴだけは少し外れたところにいた。
それがどういう意味を有するのか、今の私はしっかりと理解することができる。
「……私は、ヴィーネが離れて行ってしまうことが怖かった」
少し、ガヴの顔がこちらに近づいた。
瞳に涙を溜めて、薄い唇は何かを堰き止めながら震えている。
いつ見ても、人形のような整った顔立ちだった。
「いつだってヴィーネは私の世話を焼いてくれた。
私にとってそれは、駄目になった自分がここにいてもいいっていう赦しだった」
菫色の瞳が、水面に映る夜空のように揺らいでいる。
じっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうだと本気で思えてしまう。
「……目的と手段が入れ替わるのは、すぐだったんだ」
繋がりが一端解かれて、するすると、私の顔まで伸びてくる。
両頬で感じるガヴの手のひらは、まだ繋がりの余熱を宿していた。
「ねえガヴ。親愛なるって……どういう意味か知ってる?」
私も負けじと顔を寄せると、
息がかかるほどの距離まで迫って、ガヴの瞳が少し見開かれる。
頭も心臓も痛くてたまらないのに、
超常の力に固定されてしまったかのように、
そこから離れることができなかった。 - 90 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:50:56.988 ID:KPGtEl8S0.net
- 「し、知らない」
「知らないで、手紙に使ったんだ」
「格式上だろ、そんなもの」
「でもね。意味、知っておいたほうがいいわよね」
「……うん」
私も、ガヴの顔に両手を添えた。
私とガヴ以外の全てが停止していて、
夜も朝も全て木端微塵に破壊されてしまっていて、
そんなポエマーなことを考えてしまう。
さっきまでのかまびすしい心臓の音も、
荒すぎる呼吸も、全てが何処かへ消え去ってしまっていた。
「大ざっぱに言えば」
だから、ずっと秘めていた言葉さえもが、ゆるりと舌を滑って伝えることができた。
「――愛しているってこと」
自分のなかの枷が千切れ飛ぶ音が、遠雷のように聞こえて、
全てを忘れて私たちはつながっていた。
唇を中心に、お互いを不可視の手錠で拘束し合うように。 - 91 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:51:16.854 ID:KPGtEl8S0.net
- 知性と心のある生き物は、たとえどんなに頑強であろうが、一人で生きていくことは叶わない。
自分の瞳だけでは、自らを見ることができないからだ。
だから私たちは、自分の代用として、心という概念よりわかりやすいものを用意する。
それは過去の栄光だったり、厳然たる成果物だったり、華々しい賞賛だったり。
そういったものに依存して、私は私を認識できる。
極論、それは物である必要はない。
家族を守ることに生きがいを見出した父親や、子を育てることを存在意義とする母親。
あるいは大好きな人といることを幸せに感じる者のように、幸福の基準を他人に委ねることだってあるのだ。
きっとそれは共依存。
けれど、暖かく充実した共依存だ。
私は自分じゃ月乃瀬しか見ることができない。
だから私にはガヴが必要だった。 - 92 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:51:29.654 ID:KPGtEl8S0.net
- サタニキア『大学ダルイ><』
ラフィエル『元気だしていきましょう』
タプリス『大学って疲れるんですか?』
サタニキア『疲れるのは人間関係よ天使』
タプリス『私たちにも人間関係って言葉は当てはまるんですかね?』
ガヴリール『割とどうでもいい』
ヴィネット『大学ダルイ><』
ガヴリール『元気だしていけ』
タプリス『月乃瀬先輩がぐれました。これも胡桃沢先輩のせいです』
サタニキア『悪魔としては正しい成長だと思う』
ラフィエル『じゃあサターニャさんは退化していますね』
サタニキア『ガヴリールが羨ましい。在宅ワーカーとか卑怯よ』
ガヴリール『あぁ? 勉強漬けの一年を送るか貴様?』
サタニキア『ごめんなさあ』
ラフィエル『弱いですサターニャさん。しかも打ち間違えてます』
ヴィネット『そういうわけで一日頑張って行きましょう! 青天! 素晴らしい朝!』
タプリス『躁鬱ですか月乃瀬先輩』
ガヴリール『いつものヴィーネ』 - 93 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:51:41.999 ID:KPGtEl8S0.net
- ラフィエルが画像を送信しました。
ラフィエル『忘れていた気がしたので』
サタニキア『よくやったわ』
ガヴリール『さすラフィ』
タプリス『胡桃沢先輩変な顔』
サタニキア『ヴィネットが半泣きだからそっちを見て欲しい』
ヴィネット『やめろ』
ラフィエル『可愛いですよ』
ガヴリール『可愛いぞ』
ヴィネット『はいはい、もう登校しましょう! 溶けだしそうな青! 健やかな朝!』
タプリス『可愛いです月乃瀬先輩』
サタニキア『かわいい』
ヴィネット『もういい大学休む』
ガヴリール『休みすぎて単位落としそうって言ってたじゃん』
ヴィネット『(´・ω・`)』
ガヴリール『wwwww』
タプリス『白羽先輩、wってなんですか?』
ラフィエル『タプちゃんは知らなくていいです』 - 94 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:51:55.048 ID:KPGtEl8S0.net
- 旗色が悪くなったので、すごすごと退散する。
ラフィから送られてきた画像は、まあ保存しておくけど。
「ヴィーネ、もう八時回ってるけど大丈夫なの?」
「へ? あ、ヤバい」
「走れヴィーネ。邪知暴虐の時間に負けるな」
ガヴは寝転がってPCと向き合いながら、そんな無責任なことを言った。
靴を履いて、鞄を背負い直して、私は玄関のドアを開ける。
月明かりよりも強い、眩しい輝きが、私の部屋に差し込んだ。
背中に視線を感じ、振り返る。
ガヴが、いつものやる気も気力もない笑みを浮かべていた。
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
逃した鳥が、籠の中に戻って来てくれた。
私はそんなことを考えながら、新しい待ち受け画像を見る。
そこに映っている、前に進んだという事実を、
私はやっと肯定することができた。 - 95 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:52:20.889 ID:KPGtEl8S0.net
- えーと、ごめん。要約したつもりだったけど、結局長々と話しちゃったわね。
時間潰しになったかしら? ああ、それならよかった。
あ、そろそろガヴも戻ってくるって。
ジュース買ってきてくれるみたいだけど、委員長もなにか飲みたい物ある?
ジンジャーエールね。わかった。
ガヴの故郷ってそんなに遠いのかって?
そうね、まあ私たちの名前を見ればわかると思うけど、出身って日本じゃないし。
容易に行き来できるような場所じゃないのは確かね。
……この話は止めにしましょうか。私と委員長の身の安全のためにも。
え? 私が変な風に映った写真を見せて欲しい?
もう流石に消したわよ。自分の変顔を見るのって、かなり精神が削られるのよ?
なんで消したのかって……。
この間、また新しい写真を撮ったんだから。
END - 96 : 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/05/19(金) 04:53:18.005 ID:KPGtEl8S0.net
- 共依存ガヴィーネが書きたかっただけなんだ
許してくれ

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