Powered By 画RSS


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

憧「憧和迷宮」

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:50:18.31 ID:UCj7a7+d0
 さぁ、全国中学生麻雀大会個人戦決勝戦。現在トップは長野県高遠原中学、原村和――
 
 県16位で終わった、あたしの中学最後の個人戦。
 あたしの麻雀は、ここで一区切り。引退して、受験を意識するシーズンに入る。
 勉強も日頃からさぼってはいないから、特に必要以上に受験勉強に追われる緊張はないのけれど。
 入学してから続けてきた部活が終わる。晩成高校の受験を合格するまで、あたしの生活のなかから一時的にでも部活が消える。それは、なかなかになかなかな空白を胸に残して。

 ぼんやりとしたからっぽを持てあましつつ、ベッドに座ってテレビをつけていた。
 私が敗退したその先の、全国大会。そこに映るなつかしい姿を、息をつめて、見つめている。




2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:50:48.17 ID:UCj7a7+d0
「マジかぁ……」
 
 和の優勝で、全中は終わった。
 驚嘆の吐息しか出てこない。そんなあたしのそばで、携帯の着信音が鳴る。

 ――もしもし! 憧!?
  
 それはなつかしい、もうひとりのともだちのこえ。

 めちゃくちゃひさしぶりに話す友達の声から、彼女も和の姿に驚いたのだとわかる。
 他人が興奮している様子を目のあたりにして、逆にあたしのほうは、多少の落ち着きを取り戻していった。

 ――私も! あの大会に出たい!
「あたしたち中学三年生が出れる公式戦、たったいまぜんぶ終わっちゃったわよ……」
 そりゃあたしも出れるなら出たいわ。

 ――じゃあ、インハイで出る! 
 だからこそ、今度は目標をインハイに向けることになるのだけれど。
「しず、晩成来れるの?」
 まずは、高校進学の準備をしなければいけない。


3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:51:29.01 ID:UCj7a7+d0
 ――……
 肯定の返事は、来ない。
「しず?」

 一瞬の間をおいて、「じゃあ」と声を発した。

 ――じゃあ、阿知賀女子で全国に行く!

「――」
 そう言い出すのは予想できていたことなのに。それでもその言葉は、あたしの胸を詰まらせた。

 ――? 憧?
「ああ、いや……。それは、無理だよ」
 ……阿知賀の麻雀部は、もう無いのだから。
「たとえ、しずが部員を集めたとしても晩成高校がいるし」

 そもそも晩成に行ったあたしが、敵に回るよ――

 ――じゃあ、いいよ!
 唐突に、通話は切れた。
 それはあたしの言葉に本気で怒って切ったのではなく……

 あたしは携帯をベッドのうえに放り出して、天井を仰いだ。
「……てきとーな勢いだけで切ったな、あのばか」


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:52:05.20 ID:UCj7a7+d0
 しずは、ぜんぜん、変わっていなかった。……和のほうは、どうなのだろう。
 久しぶりに友達の姿をテレビで見つけただけでも事件なのに、テレビ中継のなかで優勝まで飾ってしまった。
 映像の向こうの彼女が、遠い。
 客観的に考えて、べつに友達がいきなり有名人になったことを知った、なんて状況にあったら、そりゃこういう複雑な気分になるほうがふつうだと思う。
 だから、それだけであれば、ああ、和、有名になったんだなあ。びっくらこいたなあ。なんてひとりごちて、きっとそれだけで終わるはずなんだ。 
 和は和で。あたしはあたしで、それぞれこの競技を続けていくだけの話で。

 だけれど。
 おさないころにいっしょに和たちと遊んだ、楽しいおもいでの記憶まで遠く感じてしまうのは、なぜなのだろう。
 胸の空白に、突然へんなものをべったり貼りつけられたようなイヤな気もちは、いつまでも消えてくれなくて。

 ……まったく。
 ベッドに寝ころんで、大きく息をつく。
 友達の姿を見て、友達とすこし話をしただけなのに。ひどくつかれた。

 横に倒れた身体は休息を欲して、私のまぶたが重くなる。
 つむった視界の暗闇のなかで、しずの声のリフレインが止まらない。

 ――じゃあ、阿知賀女子で全国に行く!

 まどろみに沈んでいく意識のうえで、そのことばは、あたしの心を微かにささくれ立たせる。
 だって。阿知賀で、全国に行けるのなら。

 ――――あたしだって、阿知賀に行ったよ。


6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:53:25.31 ID:UCj7a7+d0
 目を開ける。本気で寝入るつもりはなかったのだけれど、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。
 本格的に眠り込んだ感覚はしない。ほんのちょっとだけ、軽く眠っていたようだ。
 ――あくまで、あたしの感覚では。

 時計を探そうと首を巡らせると、そこは桜の花びらがちらつく真昼の街並み。
 ベッドのうえで身体を横にしていたはずのあたしは、外のアスファルトのうえに両の足で立っている。
 なつかしい、道路。小学生のときに何度も通った道のうえ。

 「……夢だな」。すんなりと、ひとりごちる。きっとここはなつかしい記憶の風景なのだろう。

「……にしても、なに? あたしそんなにショックだったんかな」
 和の姿をみかけたことに関しては、たしかにびっくらこいたけど。
 かといってこんな昔の風景に帰りたがるほどよっぽど強烈だったのかといえば、首をかしげる。

 考え事も兼ねて、すこしのあいだ、黙って突っ立つかたちになっていたけれど、視界に映る風景に変化はなにもない。
「……歩くか?」
 どこへ?
「どっこにも用事無いしなあ……」

 けっきょく、行き先に困って立ちつくすことになった。
 中学の校舎でも家でも目指せばいいのかもしれない。でもどこか一カ所にたどり着いてひと息ついたら、きっとそこで夢が終わってしまうような気がして。
 そりゃべつに、いますぐ終わっても困ることはないのだけれど、せっかくの変わった体験。無駄に終わらせにいくってのもはばかられる。

 ――どこにいけば、あたしは納得できるのか。いまこの瞬間もいろいろ考えてみてはいる。

 考えて、いる。

 だのに、答えが出ない。


7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:55:19.57 ID:UCj7a7+d0
 迷っているわけじゃなかった。候補地が、もやがかかったように、まったく浮かんでこなかった。
「え、と……なんで?」
 思い浮かびそうで、思い浮かばない。もどかしさがつのりにつのって、不安と混乱に変わりかける。

 ――憧?
 おさない声に肩を叩かれて、ふりむいた。知らず、おわ、と声が漏れる。
 見覚えのある、フリフリ趣味の服とランドセル。あたしたちとともだちになった。なつかしい、あのころの容姿。

「こんなところで、どうしたんですか?」
 その姿を呆然とみつめるばかりのあたしに、和が、問うた。
 阿太峰の制服を着たままの、あたしのすがたかたちに頓着する様子をまったく見せずに。
「さあ……?」
 その質問に、あたしは応えることができない。
「……どっか行こうと思ってたんだけど、忘れてるみたいなのよね」
「だったら、私といっしょに部室に行けばいいです」

 和が、言った。「忘れてる」なんてあたしのおかしな言動にもなにも言わずに。
「――部室って……、阿知賀?」
「そうですよ?」

 当然のことであるように、和は首をかしげて言う。
 どこに行けばいいのか。夢のなかであらわれた旧友は、当然のようにその答えをもたらした。
 おさない和の背中に連れられて。あたしの歩みは意識せずとも、なつかしい場処にひきよせられるように進んでいく。


9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:56:40.21 ID:UCj7a7+d0
「あ、憧ちゃん和ちゃん。こんにちわ~」
 玄があたしたちを出迎えた。卓のひとつを観戦していた様子。
 視線を巡らせると、ハルエは奥の卓で低学年を指導中。あたしたちに気づいて、手を挙げて挨拶。
 しずは、対局中。しずもまた、軽くあたしたちに手を振って、視線を牌に戻した。

 めまいがする。おさない和ひとりを目にするだけなら、まだもの珍しい気もちで受け入れられたけれど。
 しずまでもがおさないし、玄だっていまのあたしより年下になってるしで、珍しいを通り越している。
 
 ――だから、胸にこみげてくるものがある。
 おもいでの風景の中にいる、だなんてやさしいイメージとはかけ離れた、わきでるような痛みが、胸からじわりとあたしの身体を伝っていく。
 和に促されて、ここに足を運ぶと決めたあのときには。すくなからず、なつかしい光景のなかで、こころあたたまるような気ぶんになることを期待していたところがあった。
 しかしじっさいにそれを目にした瞬間から、あたしは顔をしかめっぱなしでいる。
 なつかしい姿がこんなにあって、あたしたちも含めたこどもの声の飛び交うこの雰囲気は、おもいでにあるままの自然なかたちなのに。

 それなのに、こんなに、こんなに――――


「あ、それロン」
「ええ~?」
 しずのいる卓が、ひと段落ついたらしい。和了ったしずと、負けた不満をのべる年少組たち。
 ハルエがその輪に入って軽く検討。
 年少組がハルエのアドバイスを聞いているのをよそに、しずはこちらに視線を向けて。

「こっち終わったから、つぎ、私たちで打とうよ」


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:58:09.15 ID:UCj7a7+d0
 和が、玄が、うなずきを返して空いた卓に寄っていく。
「さ、憧も」
「……わかった」
 あたしの返事は、おもいのほか、周りには不機嫌だと捉えられてしまうような低い声で。
「ん? なんか憧、元気ない?」
「……いや、なんでもないよ、やろうか」
 首を横に振って、あたしはその卓に座る。
 卓を囲む相手を、改めて見回した。

 しずと、玄と、和を相手に、あたしは麻雀をする。
 

 対局は、中学三年間の経験を持ったあたしの圧勝、だなんてことにはならなかった。
 ドラをすべて自分のものにして、結果的に相手全員のドラを封じて火力を下げるしまう玄と、それさえも計算に入れて、自分のペースを保つ和の正確性があたしに主導権を握らせない。
 調子のでないあたしとは対照的に、しずは自分の打ち回しのスタイルを乱さず、あたしたちの隙を突いて和了っていく。

 この面子を相手にすることに、すっかり慣れきった打ち方。
 歯がみをして、牌を見つめる。あたしだって、同じことができるはず。すくなくとも、ここにいたころは、できていたはず。
 呼吸をひとつ。冷静になろう、と試みる。それでも、あのころの打ち方をいま、必死に思い出して勝ちにいくやる気は湧いてはこなかった。

 たのしい、おもいでのなかで。なつかしいともだちと、だいすきな麻雀を打っているのに。

 ――――それなのに、こんなに、こんなにもつまらない。


11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 02:59:53.43 ID:UCj7a7+d0
 ぱたん、と牌を倒した。
「……ごめん、あたしもうやめる」

 静寂が訪れる。
 部屋に居たはずの子供やハルエの声も聞こえなくなって。横にいたしずと玄の姿もそこにはなくて。
 あたしの前にあるのは、和の視線だけ。
 ――夢の終わりのそばまで来ているのだと、気づく。

「……理由を、聞いてもいいですか」
 静かに、わけを尋ねてきた和に、「気が乗らないから」とただのひとことを告げる。
 続けて、あたしに尋ねかけてくる。

「気が乗らない自分自身へ、苛立つ理由はわかりますか」

 その、見透かした質問にあたしはうつむいて、奥歯をかんだ。わかる、よ。
「わかるよ、わかってるよ。あんたたちがむかしのままで、あたしだけがいま。そんなの楽しくもなんともない」
 会いたかった。ハルエがつくった遊び場ではしゃいでいたあたしたちに。
 麻雀が繋いだあたしたちの縁を、もういちどこの手にしたかった。

 ――そう。あたしは、あのころのあたしにも、会いたかったんだ。

「でも、ここにあなたはいません」
「わかってるてば。いないなら――」
 いないなら、取り戻してくるだけだ。
「……また、さびしい思いをするかもしれません」
「さびしいのはあんたでしょ」
 さびしいから、あんたはあたしを呼んだのだろうか。
 いいや、きっとその逆だ。
 和の、さびしがりやな一面を知っているから、あたしはここに来たのだと思う。


12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 03:03:33.45 ID:UCj7a7+d0
 和は言った。
「あたらしいともだちが、向こうで出来ました」
「おお、それはなにより」
 知ってる。団体戦にも出てたもんね。
 負けちゃったけど、それに涙する後輩に慕われてるあなたが、居たよ。
 元気でやっているのなら、それはなによりだ。
「はい。別れはさびしくてつらいですけど、ともだちはやっぱり、楽しくてうれしいです」
 そう言った和に、あたしは首を横に振る。
「つらくないよ」
 さびしくも、ない。

「こんど、会いに行くから」

 おさない和の姿を透かして。あたしはあたしに、そう、約束をする。

 もう、こんな夢を見ることはないだろうから。
「じゃね。またいつか、あなたにも会えたらいいと思うよ」
 たぶん、もう会えないけれど。
 それでもこんどは、おさないあなたたちの姿にも、おとなの余裕を見せて打つあたしに、成長していたいと思う。

 あたしを見上げる和のそばにかがんで、視線を合わせてあたしは笑いかける。
 腕を掲げて、和も同じ姿勢をするように示す。
 いつかしずとそうしたように、腕をぶつけあって。
 けっきょくしずとも、あなたとも放課後すら遊ばなくなって、疎遠になっちゃったけれど。

 きっとこんどは、ちがうと信じている。

 その腕に当たる感触が、この夢で感じた最後のものだった。


13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 03:07:57.00 ID:UCj7a7+d0
 目を開けて。起き上がる。けっこう長く夢を見ていたような気がするけれど。それほど時間は経っていないようで。

「……悪夢だわー、もー恥ずかしすぎ」

 ベッドに腰掛けて、あたしは顔面を抱えた。
 夢は記憶の深層のあらわれだという。願望のあらわれだとも言う。
 だとしたら、さびしがりなのは和ではなく、おもいっきりあたし自身で。

 両目をゴシゴシとこすって、頭をガシガシとかいた。胸に沈殿したものを振り払う。

 ふう、と息をついて。自分の裡に潜って、夢で得られたものをいまの自分に照らしてみる。

 ――じゃあ、阿知賀女子で全国に行く!

 部員は集まらないかもしれない。晩成に勝てないかもしれない。
 その可能性はとても高いから。だから阿知賀では、麻雀が出来ないとあたしはおそれる。
 でもきっとしずは、おそれずに、行動を起こすだろう。
 それは他の誰よりも優れたしずの長所で、いまのあたしはその強さをすなおに認めることができる。

 麻雀がしたくて、強くなりたくて、あたしは阿知賀を離れたけれど。
 強くなったあたしだからこそ、そのしずの強さと協力し合えることもあるはずだ――


14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 03:11:43.76 ID:UCj7a7+d0
「うっし、行くか」
 部屋を出る。廊下で、お姉ちゃんとすれ違う。
「ん? おでかけ?」
「ん。なんかおつかいとかある?」
「いや、いまはないかな。どこ行くの?」

 あたしは、答えた。

「阿知賀に、いってくるよ」

 お姉ちゃんは軽く目を見開いて。一瞬後には、「そっか」とやさしいまなざしをあたしに向ける。
「いってきな、気をつけて」

 その視線を背に受けて、玄関をくぐる。

 あたしは、走り出す。



 そうして、その扉を開け放つ。麻雀部の部室。あたしたちがはじまる場処。中には、なつかしい人影ふたつ。
 しずと玄が麻雀部を立ち上げるというのなら。こども麻雀クラブを取り戻したいというのなら。
 次の加入するいちばんめは、このあたし以外に譲れない。

 ――叫んだ。

 まずひとり、ここにいる――――!


15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 03:12:35.58 ID:UCj7a7+d0
  夢で当てあった腕に、触れた。

 麻雀を続けていれば、いつか必ず巡り会えると信じている。
 だから、私たちは麻雀をするよ。あなたと同じ空のしたで。
 遊びに行くよ。全国大会という大きな舞台のうえ、みんなが集まるお祭のなかで。

 また、みんなではしゃごう。


 遊ぶんだ、和と――――

 END.


17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 03:13:18.04 ID:UCj7a7+d0
以上です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/15(火) 04:27:08.00 ID:yXZKNAEu0
乙乙





このエントリーをはてなブックマークに追加

 「咲-Saki-」カテゴリの記事


Powered By 画RSS

コメントする



全ランキングを表示

Template Designed by DW99

アクセスランキング ブログパーツ ブログパーツ 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。