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有香「お砂糖とスパイスと、すてきなきもちでできたもの」
- 2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:47:01.97 ID:M9zGaZkXo
- 鋭い呼気と共に、拳が正面の大気を貫く。
数瞬止まったままの腕は緩やかに引かれ、今度は長く吸った息を吐いた。
全身を弛緩させた後、また拳を握り、構える。
静から動へ――強靱な足腰と腰の捻りにより、
常人ではわからないだろう淀みない力の流れが、右肩から腕先へと走る。
何度目か、あるいは何十度目か。
同じ動作を繰り返した彼女は、額に滲んだ珠の汗を服の袖で拭った。
早朝、入念なストレッチから始まり、およそ2キロのランニング、
その後道場を借りて筋力トレーニングに空手の型の練習。
中野有香にとって、それは欠かせば物足りなさを感じてしまうほど、
当たり前となった日課だった。
アイドルになって以降、トレーナーの助言もあり、
外に出る筋肉には気を使うようにしている。
幸いそこまで肉の付きやすい身体ではないが、
特に腹筋周りは色々と見た目に関わるので、
随分とトレーニング内容を減らしたものだ。
筋力よりも持久力。
時に激しいダンスや、歌いながらの動きを要求されるアイドルには、
そういった素質も求められる。
彼女がスカウトされた理由の半分も“それ”だった。
空手で培われたスタミナと経験は、レッスンや仕事の中で確かに活きている。
しかし、
- 3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:50:16.70 ID:M9zGaZkXo
- 「……カッコイイ、かぁ」
先日の李衣菜との合同レッスンを思い出す。
トレーナーから有香に課せられたダンスの振り付けを、
李衣菜が自分もやってみたいと言ったのが始まりだ。
有香の良さ、らしさを見せるため、空手の演舞を取り込んだものだったが、
彼女が基準である以上、要求されるスタミナも他人より多い。
正直、トレーナーだけでなく有香も、李衣菜にできるとは思っていなかった。
だからこそ、おぼつかない部分もあったとはいえ、
一週間で覚えてやりきった李衣菜には目を見張った。
横で一緒に踊りながら、そのひたむきで真剣な表情に、尊いものさえ感じた。
そこまではいい。
問題は、終わった後に聞いた話である。
『……そういえば、どうしてあたしと同じ振り付けを覚えようって思ったの?』
『ええと……最初に見た時、正拳突きをする有香さんが、
こう、すごいロックというか……カッコよかったんですよ。
それで私も、あんな風になりたいなって』
内心気持ちが落ち込んだのは、何とか隠し通した。
勿論、自分に触発されたというのは嬉しい。
あそこまで頑張ろうとするくらい、きっと見惚れてくれたのだ。
が、何というか、違う。
目指してたアイドル像から確実に遠ざかっている。 - 4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:52:16.61 ID:M9zGaZkXo
- 有香には長らく、空手しかなかった。
己の肉体を鍛え、強さと共に努力を身に付かせる。
何事も苦としない精神性は、道場通いの日々によって築かれたものだ、
という確信があった。自身を磨くこと、誰かと競い合うことの楽しさも。
だが、女として生まれた以上、可愛さに対しての憧れも捨てられなかった。
空手一筋のガサツな自分でも、アイドルになれば、という希望があった。
事実、プロデューサーはその意を汲んでくれている。
これまで着た衣装を鑑みても、以前の自分では考えられないものばかりだ。
強くなって、上を目指すこと。
可愛くなって、女の子らしくなること。
どちらも両立したかったし、しているつもりだった。
……でも、やっぱり上手くできてないのかな。
そう声には出さず呟いて、彼女は悩む自分を封殺した。
事務所へ向かう前に、風呂で汗を流しておかねばならない。
離れの師範夫婦にいつも通りの礼をし、自宅への道を急いだ。 - 5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:53:11.24 ID:M9zGaZkXo
- 幾分気落ちしていようと、コンディションが悪かろうと、
積み重ねたものだけは決して嘘を吐かない。
今日の仕事もトラブルなく済み、事務所に戻った有香は、
休憩室で少し身体の熱を冷ましていた。
レッスン続きで覚えたダンスの、初披露だった。
覚えている限りミスもなかったし、スタッフや共演者の評価もよかった。
プロデューサーに褒められた時の喜びと興奮を、まだ少し引きずっている。
ただ、みんな口を揃えて「カッコよかったよ」と言うのだ。
嬉しいのに、誇らしいことなのに、
それだけが小さなしこりとなって、有香の胸に刺さっていた。
「……女の子らしさって、どうしたら身に付くんだろう」
何気なく漏らした独り言に、背後で物音が答えた。
誰かに聞かせるつもりは全くなかったので、慌てて振り返る。
半開きの扉の隙間から現れたのは、奈緒だった。
彼女は申し訳なさそうな顔で頬を掻き、
「ごめん有香さん。アタシ、何かタイミング悪かったな……」
「あ、ううん、別に……奈緒ちゃんも休憩しに来たんだよね?」
「ん、ああ。さっき戻ってきてさ」
「そっか。お疲れ様。あたしが言うのも何だけど、座って座って」
ペットボトルのお茶を片手に、有香の斜め向かいに腰を下ろす。
……妙な空気になっちゃった。
何となく会話の糸口が掴めず、お互い微妙に視線を合わせないまま一分近くが過ぎる。 - 6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:54:24.44 ID:M9zGaZkXo
- 「……さっきの、聞いてた?」
「まあ、ちょうど入った時に聞こえたっつーか……」
「奈緒ちゃんはさ、あたしのこと、やっぱり女の子らしくないって思う……かな」
「いや、有香さんは充分女の子らしいだろ。
衣装も可愛いのばっかだし、アタシよりよっぽどだよ」
「そんな、奈緒ちゃんこそあたしよりずっと可愛いよ。
特にプロデューサーといる時とか……なんて言えばいいのかな、すごくいじらしくて」
「べ、別にんなことねえし……! それ言ったら有香さんだって、
プロデューサーと一緒の時はすげえ笑顔で可愛いじゃん!」
「え!? あ、あたしそんな感じなの!?」
「少なくともアタシにはそう見えるけどなぁ」
「……やめよっか」
「だな。……二人とも恥ずかしいだけだこれ」
不毛な言い合いが終わり、ほぼ同時に溜め息を吐く。
気を取り直し、今度は奈緒が口火を切った。
「アタシは自分がガサツだって思ってる。有香さんもそうなんだよな?」
「うん。女の子らしくないよねって、今日ずっと考えてたんだ」
「女の子らしくするには……どうすればいいと思う?」
「えっと……料理、とか?」
「やっぱそういうとこだよなぁ」
「奈緒ちゃんは料理したことある?」
「全然。学校の家庭科の授業くらい。有香さんは?」
「あたしも同じ。一応、たまにお母さんの手伝いはしてるけど……米砥ぎとか」
その程度じゃ未経験と大差ない、ということで見解が一致した。
さらに追い打ちを掛けたのは、奈緒が語った、風邪をひいた時の話だ。
見舞いに来たのあが、神谷家の台所を使って、
病人用のお粥を作ってみせたという。
普段から料理をしていなければ、そうはできまい。
料理=女の子らしさと仮定するなら、
のあと彼女達の間には、大きな溝が横たわっていると言える。
有香は大変な危機感を覚えた。当然ながら奈緒も覚えた。
早急に女の子らしさ、即ち料理の技術を習得しなければ、という謎の義務感に駆られた。
斯くして、突発的料理会が開催される次第となったのである。 - 7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:55:20.94 ID:M9zGaZkXo
- 事務所からより近い方ということで、中野家が会場として選ばれた。
コーチは有香の母。アイドルの友達を連れてくると聞き、喜んで立候補した。
その日ばかりは、有香もトレーニングをすっぽかした。
仕事が二人とも午後で、集合は朝だったからだ。
ほぼ半日作業を覚悟していた。
自分の女子的ポテンシャルを、有香はまるで信用していなかった。
有香母の独断で、題材にはクッキーが選出された。
包丁を使わず、お手軽故に時間内で何度も挑戦できる。
アレルギーでもない限り、大抵の人に受けるのも良い点だった。
「はい、じゃあ今から始めますよー」
「押忍! よろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
「あらあら、奈緒ちゃんも有香みたいにしなくていいんですよ。
気合も大事だけど、もっと大事なのは愛情ですからね」
「愛情って……」
「誰を想像したのかしら?」
注がれる生温かい視線には、二人とも答えなかった。
材料を前に、それぞれ袖をまくる。
クッキーの調理手順は非常に単純だ。
まずバターや卵、砂糖、小麦粉などを混ぜ、練って生地を作る。
冷蔵庫でしばし寝かせ、麺棒で程良い厚さまで延ばし、
型を抜いたら、あとはオーブンで焼けばいい。
二人とも全く同じものを作るのも芸がないので、
有香のクッキーにはさらにココアを混ぜ込むことにした。 - 8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:56:13.13 ID:M9zGaZkXo
- 「おおー……有香さん早いなー……」
「力仕事は得意ですからね」
「それ以外にも得意になってほしいんですけどねぇ」
「ちょっと、お母さん!?」
生地作りは、有香の独壇場だった。腕力もだが、力加減が上手い。
みるみるうちに粉っぽさがなくなり、艶が出始める。
後半はペースを落としながらも、数分遅れて奈緒が続く。
冷蔵庫で寝かせる間は、使ったものの片付けと次の準備だ。
慌ただしくそれらを終えると、よく冷えた生地を二人で延ばしていく。
こちらも有香の方が早かったが、型抜きは若干不器用な点が目立った。
余り生地の量は、奈緒の方が少なかったのだ。
型抜きの余り、外側はひとまとめにして練り直す。
リサイクルしたマーブル模様の生地は、合同作として後で焼くことになる。
キッチンシートに並べたハート型の生地を、順にオーブンで加熱。
温度も時間も一定で、ミスのしようがなかったが、
二人とも目を離さなかった。
徐々に膨らみ、焼き色の付いていく様子が楽しくもあったし、
少しでも失敗する要素を減らしたかったからだ。
合わせて二十分後、二色のクッキーが完成した。
お互いにひとつずつ、味見してみる。
まだ熱いクッキーは柔らかく、
歯を当てるとほろほろとこぼれるように口の中でほどけた。
じんわり広がる甘味とバター、数滴垂らしたバニラエッセンスの仄かな香り。
「……うまい」
「あ……おいしい……」
「有香さんのも食べてみていいかな」
「うん。私も奈緒ちゃんの、ひとつもらうね」
プレーンの方は、バターの風味がより強い。
ココアには控えめな苦味が足され、これまた食べやすい。
朝から動いた二人の胃なら、全部ぺろっといけそうだった。
でも我慢。
誰より食べさせたい相手が他にいる。 - 9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:57:18.45 ID:M9zGaZkXo
- 「今日はありがとうございましたっ」
「いえいえ。わたしも楽しかったですし……おいしいって、
言ってもらえるといいですね」
「じゃあお母さん、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
花柄の包みにピンクのリボン。
精一杯の女の子らしさを演出して、乙女の成果を仕舞い込む。
鞄に入れたクッキーが砕けないよう、大事に大事に抱えながら、
電車の中で顔を見合わせた。
「……おいしいって、言ってくれるよね」
「大丈夫……なはず」
「じゃあ、どっちがよりおいしいって言うか、勝負してみよっか。
奈緒ちゃんはどっちだと思う?」
「そりゃまあ……プロデューサーなら、たぶん――じゃないかな」
「……やっぱり、賭けにもならないね」
「だよなぁ」
武道の心得、空手の技術が一日にして成らないのなら、
女の子らしさもまた、一朝一夕で身に付くものではないだろう。
けれど大事なのは、まず「はじめよう」とする気持ち。
その小さな勇気が、彼女達を煌めくステージへと導くのだから。 - 10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 22:58:25.44 ID:M9zGaZkXo
- 事務所について、プロデューサーを見つけたら。
恥ずかしさを押し隠して、でも隠しきれなくて、
顔をほんのり赤くしながら、こう言うのだ。
「プロデューサー! あの、これ……く、クッキー、作ってきました!
よかったら……食べてください!」
奈緒の言葉も含めて、結果がどうなったか――それは、当事者のみが知る。 - 11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 23:00:40.73 ID:M9zGaZkXo
- 以上になります。
ちょっと押忍にゃんはアイプロとネタが被っちゃってますが、
お菓子作りは女の子の大事なお仕事ということでひとつ。
奈緒ちゃんがPになんて言ったのかはご想像にお任せします。 - 13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 23:13:43.13 ID:SUO1dQ2G0
- 乙
押忍にゃんマジ天使 - 12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 23:06:49.48 ID:09rjtYFvo
- 前スレがあるなら載っけよう
- 14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 23:15:29.21 ID:M9zGaZkXo
- >>12
すみません、ちょっと検索に手間取ってました。
前スレは以下の通りになります。
奈緒「風邪をひいた日のこと」
http://142ch.blog90.fc2.com/blog-entry-5286.html
のあ「……たいせつなものは、目に見えない」
http://142ch.blog90.fc2.com/blog-entry-5131.html
小梅「ともだちの作り方」
http://142ch.blog90.fc2.com/blog-entry-5230.html
みりあ「やっぱり衣装はかわいい方がいいなー♪」
http://142ch.blog90.fc2.com/blog-entry-5245.html
李衣菜「ロックとは――戦いだ!」
http://142ch.blog90.fc2.com/blog-entry-5270.html
各話は独立させているので、単品でも読めるようにしてますが、
時系列は上から順、ところどころに繋がりがあります。
もしよろしければ合わせてご覧になってください。
キャラクタが一周したので、一応習作シリーズ(と言っていいのかわかりませんが)はこれで終わりとなります。
今後は気ままに縛りなしで書く予定です。どこかでまた見かけることがあるかもしれません。 - 15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/06(月) 23:24:34.17 ID:M9zGaZkXo
- あまり作者が饒舌になるのもよくないですが、
これまで頂いた感想や支援はすごい励みになってます。本当にありがとうございます。
ほんのちょっとでも、良い話を書くことで応えられればと思います。

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